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ハーバードの人生を変える授業 [思考]

心理学者の著者が、ハーバード大学で教えているワークショップを本にしたもの。
ポジティブ心理学の理論。
理論を行動にうつして吸収することを重視する。
生産的知識とは、単なる知識ではなく、自分たちをとりまく世界をよく理解して、状況にうまく対処するための知識。
ワークを行うことで、経験を増やし、自己の成長を助け、記憶力や理解力を高めることができる。

52個のワークがあり、1週間で実践していく形式になっている。
いまある状況をまるごとうけいれ、すべてのこと感謝し、自分のできることをみつけて実践していく。
悪いこと、いやなことも、成長の機械ととらえる。ただし、感情は否定せず味わう。味わい尽くすことで、消化し前に進める。
そうなるための小さなステップの積み重ねがワークになっている。
最高の幸福は他者の役にたつこと。自己愛の発展形が深遠な思いやりなので、まず自分を愛すること。

Thinkとして、考えるべきこと。Actionとしてやるべきことが示されている。

1感謝する
 毎日感謝できることを5つ書く実験で、幸せになり、意志がつよくなり、エネルギッシュで楽観的になった。この習慣で幸せになるための特別な出来事が必要なくなる。
 T=感謝できることは?
 A=感謝ノートをつくる

2習慣化する
 変化するために必要なのは、自制心ではなく、習慣を取り入れること。
 確固たる価値観+決まった行動+決まった時間 =習慣化
 欲張って失敗しないように、緩やかに変化し続ける。
 T=変えようとしてできなかったことは?取り入れようとしてうまくいかなかった行動や決意は?
 A=2つの習慣を実行する。

3運動をする
 週3回、1日30分の運動は、抗うつ剤と同じ効果がある。運動しないのは、憂鬱になる薬を飲んでいるようなもの。
 T=運動したあと、どう感じる。どんな運動が一番好き?
 A=週に3回10分のウォーキングなどから、今日から始める。

4仕事への考え方を変える
 人間は遊びの方を好んでいるのに、フローやゾーンとよばれる行為に完全に没頭し、最高の結果をだすのは仕事の方が多い。仕事だから楽しくないというのは思い込み。
 T=仕事をしていることを恩恵と感じることはできますか?
 A毎日決まった時間を勉強にあてる

 
5意義を見いだす
 富でも名声でもなく、幸せこそが人生の価値を決める「究極の通貨」
 T=あなたの人生で金塊より価値があることは?
 A=1日の終わりに、何にどのくらいの時間を使ったか書く。そして「究極の通貨」を稼げる行動を探す。

6思いやりの心をもつ
 他者の役に立てばたつほど、私たちの幸福感は大きくなる。
 T= 気軽に人になにかしてあげれるか?そして与えてもらったら受け取れるか?
 A= だれかのために思いやりのある行動をして感謝されたときのことを思い出す。

7困難から学ぶ
 人は困難を克服することで幸福になれる。
 T=大変だったりつらかったりした経験を思い出して、何を学んで成長したか?
 A= つらかった経験を書き出して、深いところにある感情や思いと向き合う。

8すべてをシンプルにする
 たくさんの活動を日々の生活に押し込んで忙しくなりすぎている。するべきことを減らしてシンプルにしても成功は妨げられない。
 T= どのような分野や活動において時間に追われることが、あなたの幸福感を阻害している?
 A=時間を見直す。「意義」と「楽しみ」両方を感じられる活動に没頭する時間を増やす。
 
9プロセスを楽しむ
 現在の利益をあきらめても、将来の役に立つ活動に時間をかける。
 T=将来の役にたち、現在も楽しめる活動は?
 A= ライフスタイル分類、出世競争型、快楽型、悲観型、幸福型。それを送っていた期間について4日間1日15分使って書く。感情や行動考え方、いまどんな風に思うか?

10理解し、理解される
 刺激的な関係より、慣れ親しんだ関係こそが、大きな恩恵をもたらす。純粋な親密さを育てるためには「評価されたい」から「理解されたい」と思うことに焦点を移す必要がある。
 T=パートナーをもっと理解するには?あなたが理解されるには?
 A=意義と楽しみの両方がそろった共通体験に焦点をあてて、ふたりの関係のよいところを書き出す。

11失敗から学ぶ。
 失敗したときのつらさより、失敗するかもしれないという恐怖の方が私たちを痛めつける。失敗して賢くなった、強くなったと気が付けば生き延びる自信がつく。
 T=過去の挑戦を考えて、経験から学んだことを考える
 A=1日15分、失敗した経験やその状況について書いてみる。

12完璧主義を手放す
 失敗は人生の自然な一部。ゴールまでの道は一直線ではない。自然なこととして受け入れる。
 T=生活の中で完璧主義になっていることは?
 A=最善主義(失敗をうけいれ、つらい感情をうけいれ、成功と現実をうけいれる)になる。

13価値ある行動をする
 やることから20%を選び、労力をそそぐことで、80%の結果は得られる。
 T=時間を使いたいのは、どの行動?
 A=「大事な2割」を知る。自分の価値観に基づいて生きているか考える。

14安全圏からでる
 人に親切にすることで、自分自身に対する考え方が変わる。
 T=人生のなかで繰り返している行動パターンから、自分がどんな人間か考える
 A=ずっとやりたかったけど、失敗を恐れてやらなかったことをやる。

15感情を味わう
 素直に感情を出せないのは、子どものころ身につけた考え方のせい。できるだけ感情を出す機会や手段をもとう。
 T=幼いころ、感情を表現するように、または抑えるようにいわれた経験は?感情を表現する方法は?
 A=つらい感情に焦点をおいて、開かれた心で受け入れ、しっかり味わうことでつらさが解消できる。感情がわいてきたら、数分間ひたってみる、寄り添う。ワークの間は静かな呼吸を続ける。

16一貫性を持つ
 自分のいったことをどの程度実行しているかが、自己信頼感になる。
 T=約束を必ず守っている人を思いつく?生活のどの部分で自分の行ったことを実行したい?
 A=小さなことから、書き出して、1週間実行できたかを振り返る。欲張らないこと。

17最高の瞬間をつかむ
 最高の瞬間=ピーク・エクスペリエンスを経験すると、自分が何者でこれから何をしようとしているのかという洞察と、将来の困難を切り抜ける勇気と自信がうまれる。
 T=経験したピーク・エクスペリエンスを思い出す。もっと体験するには?
 A=自分の書き出した、ピーク・エクスペリエンスを1週間のうち3日、15分イメージする。

18長期的な関係をつくる
 長期的な関係は必ずいきずまる。それは個人的な成長と対人スキルの分岐点である。
 T=パートナーとの行き詰まりを感じたとき、何をしたか、何ができたか考える。
 A=文章完成ワーク(未完成な文章の後半部分をいくつか考える)をやる。

19親切な行動をする
 親切な行動以上に「利己的」な行動はない。
 まわりの人と多くのものを分かち合い、ほかの人の人生に貢献すること以上に満足感を得られる行為はない。
 T=最近した手助けは?それをしたときの気分は?
 A=1日だけ、いつもより親切な5つの行動をする。

20いいところを探す
 幸福は出来事をどのように解釈するかで決まる。最高の出来事がおこるのではなく、起こったことを最高のものにできる人がいる。
 T=「いいこと探しの名人」ですか?「あらさがしの名人」ですか?
 A=人生のできごとを、最初は「あらさがしの名人」として、次に「いいこと探しの名人」として、書き出そう。

21「ありがとう」を言う
 感謝の訪問=お世話になった人に感謝の気持ちを表す手紙を書き、その人を訪問して手紙を読み上げる。そうほうに大いなる恩恵がある。
 T=感謝している人のことを考える。どこに?何を?
 A=その人がしてくれたことを具体的にあげて、どう感じ、どう感謝しているか書く。できれば届ける。できれば週1回、少なくとも月1回。

22回復する
 自然の要求を無視して体と心を酷使すれば、個人としても社会としてもその代償を支払うことになる。
 T=回復のために十分な時間をとっているか考える。
 A=最高の自分だったとき、どんな風に回復していたか?最高の自分を引き出すには具体的に何をすればいいか?考えて書き出す。

23パートナシップを築く
 いざこざは避けられない問題、なければ、重要な問題に向き合っていないかも。
 T=パートナーに避難よりほめ言葉を伝えているか?いっしょに楽しめることは?
 A=ちょっとした幸せのプレゼントのリストを作る。ちょっとしたほめ言葉など。

24解釈を変える
 認知療法の基本前提は、出来事より、出来事の自分の解釈に反応するということ。
 認知のゆがみがあるので、出来事の考え方を変えればよい。
 T=自分が感情的反応をしたときを思い出し、その状況に別の解釈があるか考える。
 A=PRP法(自分が人間であることを許す、状況を再構築する、広い視野からみる)を使う。

25子を育てる
 子供を育てるには、子どもたち自身に失敗に対処させ、困難な時期を乗り越え、つらい感情を体験させることが必要。
 T=こどもに楽な人生を与えたいですか?子どもは手にした「贅沢」に何を代償にしますか?
 A=子供の人生に介入することで、もっとその子の人生を楽にできたかもしれないと思う場面をリストアップし、手を出した場合と、手を出さなかった場合、それぞれ、その子のためになったかを考える。

26これまでを振り返って
 ここまでを振り返って、行動や習慣の変化について書き出す。

27悲しみにうちかつ
 愛する人をうしなったことで、より人生をありがたく思い、撃たれ強い人間になれる。
 T=大切なものを失ったとき、どう対処しましたか?
 A=マインドフルネス瞑想(判断や評価なしに、いまの瞬間をできるかぎり受け入れる)をする。理想的には毎日10分。間があいても続ける。物事をうけいれるには理論だけでなく、実践が必要で瞑想は役に立つ。

28期待をコントロールする
 大きな望みや高い期待と、その対極にあるつらい現実の間のバランスをとる。現実をうけとめながら希望を失わない目標を設定を。
 T=過去にたてた目標が現実的だったか?やる気を引き出してくれたか?
 A=達成可能なレベルとチャレンジしがいのあるレベル、目標には2つのゴールをつくる。

29自分に優しくする
 困難な時期には、自己信頼感よりも、自分に対して思いやりの気持ちを持つ方が効果的。自己愛と他者への愛に違いはない。深遠な思いやりとは、利己主義が高度に発達した形態にすぎない。
 T=自分に優しくしているか・
 A=自分を愛するワーク。5つの質問に答える。

30成熟する
 年齢を重ねることで、知的に感情的にそして精神的に大いに成熟することができる。
 T=年齢を重ねることで、どのように成長しましたか?
 A=年配の人に話をききましょう。失敗やほこりにおもっていること、体験からまなんだことに耳を傾けよう。

31本来の自分にもどる
 嘘をつくことはストレス。本来の自分に戻る時間=信頼する友人に気持ちを語ったり、心にうかぶあらゆることを日記にかきつけたり、ただ単に自分の部屋でひとりで過ごしたりする、を持つことが重要。
 T=感情的に仮面をつけなくてはいけないときは?誰といっしょなら本来の自分にもどるれる?
 A=自分のノートに文章の後半をつくるワークをする。書き終わったら文章をじっくり見直し、実行に移すことを決めて書き出す。
 ・自分の気持ちにあと5%正直になるためには・・・・など

32「わからない」を受け入れる
 私たちは「悪いしらせ」よりも、「知らせがないこと」の方が怖い。わからないをうけいれて、知らないものに対する不安を、畏敬や驚きという感情に帰る準備をしよう。
 T=どんなものに畏敬の念を覚える?
 A=五感を最大限に使って、ゆっくりと世界の豊かさを味わいつくしながら歩く。

33嫉妬から学ぶ
 嫉妬をやめることはできないが、そのあと、どう行動するかは選ぶことができる。感情を否定すると、激しさをます。嫉妬を認めること。
 T=どんなときに嫉妬や妬みを感じましたか?うけいれて適切に行動したらどう?
 A=嫉妬や妬みを感じた事5つをリストアップする。自分の欠点を認めたくないばあい、他者におなじような欠点をみつけようとすることを覚えておく。

34内なる声を聞く
 最大限の幸せを感じるには、社会的な価値基準にとらわれることなく、自分がしたいと思うものを見つける必要がある。
 T=どんなときに自分らしいと感じる?
 A=自分にとって、最も大切なものが何か気が付くために、あなたが何をしても「誰一人としてあなたがやったとわからない世界」を想像して、何をするか考える。

35自分の感情を理解する
 物事はあるがままに存在し、全世界の人間が望んでも別のものに変えられない=同一性の法則。感情も感じたままに受け入れるしかない。
 T=あなたや他の人が現実を尊重できず、同一性の法則を無視した経験は?結果は?
 A=人間としての自分を許すための瞑想をする。腹式呼吸に集中して、次に感情に集中する。ポジティブなものもネガティブなものも感情を否定せず観察する。

36受け入れる
 すべてを受け入れて、完全に平穏な境地に至れるというのは幻想。受け入れられないことを受け入れよう。
 T=自分と自分の感情をうけいれたといきのことを思い出す。どうしてそう感じたのか?
 A=自分を許すワーク。文章の後半部分を完成させる。
  自分も人間であると許すならば・・・など

37偉業を観察する
 成功にはそこに至る過程があるとわかれば、自分もできると思える。
 T=個人で達成したことを考える。どんな浮き沈みや苦労があった?
 A=「達成できない」と不安になる目標を書き出して、必要なステップを書き出す。最後に到達しているイメージを書き出して、どうやって到達したか書き出す。

38「ありがたい敵」をつくる
 決して自分の思い通りにはならないけれど、心から敬愛できる人間がよき友。
 T=誰が「ありがたい敵」か?どうやって「ありがたい敵」になるか?
 A=もめごとを考えて、あなたとその人にとって、幸せという「究極の通貨」を与えてくれるのか奪ってしまうのかという視点で考える。

39可能性を信じる
 固定型思考=能力は生まれつきで変えられない。発展的思考=能力は生きているうちに変えられる。どちらも植え付けることができる。ほめるべきは努力。
 T=時間をかけて伸ばすことができた能力や技能について考えてみる。そのために何をした?
 A=幼いころに誰かが言ったことや、自分が思ったことで、自分の能力や技能を低く見てしまうようになった経験を思い出す。

40人を伸ばす
 批判せず、ほめて育てると、自信のない甘やかされた人間になる。高い自己信頼感をもった人間にはなれない。
 T=こどもや他人を努力やプロセスに焦点をあててほめていますか?あなたに道を示してくれた教師はいましたか?
 A=出会った最高の教師について書く。あなたのどんないいところを引き出してくれましたか?

41決断をする
 決断をしなければ失敗しない。失敗したということは決断したということだ。
 T=働いていた組織、よく知っている組織の失敗について考える。教訓は?失敗から学べる環境ですか?
 A=過去一年間で、あなたの決断が直接の原因となった失敗のなかで最悪のものを3つ書いてください。

42安心できる場所をつくる
 チームワークのいいチームは、より多くのミスを報告していた。うまく統率されたチームでは、心理的な安全性が確保されている。
 T=心理的に安全と感じた場所を考える。どんな気持ちだった。
 A=あなたが、どんな環境のとき、最高の自分が引き出されたか思い出す。

43親密な関係をつくる
 すばらしいセックスは、心と体が合わさって生まれる。
 T=ベッドルームを喜びで満たすにはどうすればいい?
 A=長期的にいい関係を続けているカップルに話をきき、何が学べるか考える。

44バランスをとる
 したいことをすべてしようとするのではなく、大切な5つの分野の中で、どの程度の活動が「ちょうどいい」のか考えてみる。完璧主義をすてることで、エネルギッシュになり、ものごとに集中できるようになる。
 T=あなたの人生の重要な分野は?どうすれば、それらの分野をちょうどいい活動で満たせる?
 A=「あきらめること」を決める。きめたことを生活にとりいれて見直す。
 
45お金を理解する
 収入が人生の満足度に与える影響は一時的。測る基準のない感情よりも富を重視しがち。
 T=富や権力に関心をよせるあまり、総体的な幸福感が損なわれたと感じたことは?
 A=毎週できることで、あなたに最高の幸せと満足感を与えてくれる活動を5つ選んでリストをつくってみる。それにどれくらいお金がかかるか見積もる。

46本当の目標を知る
 自分が人生で何をしたいのかを知り、その欲求に素直になる勇気をもつ。自ら選んだと感じられる目標をもつ。経済的な目標のほとんどは、自らの欲求に深く根差したものではない。
 T=あなたの「セルフ・コンコーダント・ゴール(真の欲求に結びついたゴール)」は?
 A=セルフ・コンコーダント・ゴールを設定する。人生にとって重要な分野で心の底から本当にしたいことを、自分に問いかけてみよう。長期・短期目標を設定して、行動計画をつくり、積極的に人生をつくりあげていこう。

47天職をみつける
 働くことを天職と感じている人は、働きたいから働いている充実した状態。キャリアや労働と考えている人は、お金や昇進といった外部の動機。
 T=仕事は、労働、キャリア、天職のどれですか?
 A=MPS(意義あることはなに?楽しいことはなに?強みは?)質問に答えよう。答えることで天職とはなにかとうマクロな視点で人生をとらえるのと同時に、日々の生活でどうしたかというミクロな視点でも人生の道のりを考えられる。ミクロな変化でも「究極の通貨」をもたらすことがある。

48気持ちを切りかえる
 やっていることに満足できない時期でも、ひとつふたつの幸せが活動全体に大きな影響を及ぼす。こうした活動が「ハピネス・ブースター」
 T=あなたのハピネス・ブースターは?
 A=「ハピネス・ブースター」を習慣化する。いつものとお試しと二通りもつとよい。

49深く根を張る
 幸福をきめる要因「遺伝的にきまる感受性」「環境的要因」「幸福に関連した活動と実践」、3つめは自分で変えられる。「究極の通貨」でえられる幸福に限界はない。深く安定した幸福が体験できる。
 T=人生のどんな経験やどんな人が、あなたに長期的な幸福をもたらしてくれた?
 A=パートナーや少人数で、あなたを幸せにしてくれた過去の出来事を順番に話す。よいことをきちんと評価すると、気分がよくなり、もっとその面をひろげようと考える。

50心をひらく
 幸福への最大の障害は「自分には幸福になる価値がない」と考えること。私たちが恐れているのは、自分に計り知れない力があるという光であり、闇ではない。
 T=あなたの幸せを阻む、内的、外的要因は?
 A=障害を取り除く文章完成ワーク。
  私の幸せを妨害しているものは・・・・など

51未来からいまをながめる
 110歳のあなたは、若いあなたに何を伝えますか?死に直面した人が懸命になるのですが、彼らは元からその能力をもっていたのです。知っていたことに気が付いただけ。
 T=優先度を見直させる体験をしたか?その体験で新しく得た洞察や知恵を実行に移したか?
 A=もっと幸せになるにはどうしたらいいか、現時点ではじめられることを若い時の自分にアドバイスしよう。

52全体を振り返って
 自分は幸せになるために何を実行したか、何を実行しようとしているかをまとめよう。
 T=変化するためにどんなステップをふみましたか?踏もうとしていますか?変化を妨げているものは?どうすれば克服できますか?

人生でいちばん大事なことは、結局、知識ではなく行動 生物学者 トマス・ハクスリー

おわりに、ほんの中から覚えておきたい重要なポイントを書き出して説明文をつける。
著者のリストが例としてのっていた。



ハーバードの人生を変える授業

ハーバードの人生を変える授業

  • 作者: タル・ベン・シャハー
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2010/11/18
  • メディア: ハードカバー



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心を空っぽにすれば夢が叶う [思考]

著者は、ヒマラヤでサマディ修行をして、大聖者ハリババジから神の恩恵をうけ、女性として、また外国人として初めてヒマラヤ聖者のシッダーマスター(完全なるマスター)になり、ヨグマタ(ヨガの母)の称号を授かった。

5千年以上前から伝えられている不変の真理ヒマラヤの教えを、現代にあわせて安全な修行にして、広めているそうです。
マスターから、一人一人にあわせたエネルギーを与えられ、修行(瞑想)も指示される方法をとるみたいです。

私たちは、心が自分だと思っているが、心は本当の自分ではない。
本当の自分は神の分身である。
私たちはみな神の分身を持っているのに、何度もまれ変わりながら積んだカルマによって、心がいろいろなものを引き寄せて苦しんでいる。

心は大きなパワーをもっているが、悪い方にも働く。
心であれこれしても本当の幸せや安心感は得られない。
それは、マスターを通して神とつながることで得られる。

心はあなたにいろんな善いことや悪いことをあたえ、感情を呼び起こす。
それを否定も肯定もしないで見つめていくことで、やがて消えていく。
心を超えたところに真の幸福がある。

あるがままを受け入れること、善いことも悪いこともすべて自分のカルマが引き寄せている。
悪いことは何かに気が付く、変化させるチャンスととらえて感謝しよう。

著書の生い立ちとヒマラヤでの修行。

魂のエネルギーの解説と、修行の段階の解説などがあったが、用語が初見でイマイチ頭にはいらず。
でも、どこか量子力学の宇宙論を思い出す内容でおもしろかった。

ちょっと要約からはずれたけど。


心を空っぽにすれば夢が叶う

心を空っぽにすれば夢が叶う

  • 作者: 相川圭子
  • 出版社/メーカー: 講談社インターナショナル
  • 発売日: 2008/02/01
  • メディア: 単行本



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これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 [思考]

正しいとは何か?
正義の意味を探求するときの3つの理念。幸福の最大化、自由の尊重、美徳の促進。
この3つの理念はそれぞれ正義に対して異なる考え方を提示している。

我々は美徳を求めるが、それを法律によって押し付けることに我々は抵抗を感じる。
我々は経済的繁栄と自由を愛しながら、正義の独善的要素をすっかり払拭はできず。
正義に美徳も含まれるという根深い信念に支配されている。

正義とは何かを考えるとき、美徳とは何かを明確にすることを避けることはできない。
どんな人が道徳的なのか?そしてそれはなぜなのか?

公正な社会とはどういうものか?
財産や収入、義務や権利、権力や機会、職務や栄誉がどう分配されるのか?
一人一人にふさわしいものとは何なのか?

我々は正義について判断するとき、すでに結論を出しているものだ。
そしてその理由を追及する。それによって結論を修正することもある。
この心の動き、行動の世界から理性の世界へ移り、そしてまた戻る動きのなかに道徳についての考察が存在する。
こうした考察は社会全体(対話者が必要)で取り組むべきものである。

この本は読者を道徳と政治をめぐる考察へみちびき、検証をうながす本である。

道徳的ジレンマの例
1 ブレーキの壊れた電車を運転している、前に5人の整備士がいる、退避線路には一人だ。あなたは退避線路にはいるべき?
2 1と同じ状況だが、あなたは線路の上の橋にいる、橋の上にとっても太った男がいて、突き落せば電車は止まり、作業員5人の命を救うことができる。どうすべき?
3 これは実話でアフガニスタンで作戦中の4人の兵士が二人のヤギ飼いにであった。彼らを解放すればタリバンに通報される恐れがあったが、武器をもたらない彼らを殺すことを躊躇した意見が多数をしめた(拘束しておくことはできなかった)。その後4人はタリバンに包囲され、ヤギ飼いを解放するのに賛成した一人の兵士をのぞいて全滅し、さらに救援にきたヘリが撃墜され合計16名が死亡した。

○功利主義。(最大幸福)
ベンサムの唱える功利主義の答えは簡単だ。快楽を最大にする結論が正しい。
反論する人は、自分の快楽を元にしているのだから、功利主義を批判することはできない。
電車の例なら一人を殺して5人が救えるなら、もちろん一人を殺す方が正しい。
自然権(人間が生まれながらにもっている権利)などはたわごとだ。
行動のもたらす結果だけが正しいか正しくないかの判断になるのだ。

これは個人の権利を尊重しない。よって徹底すれば品位や敬意といった、われわれが基本的規範と考えるものを侵害するような人間の扱いを認めることになる。
また幸福を計測するのに、好みを評価することはない。そして統一した尺度が必要になる。
費用便益分析という意思決定手段で利益が計算されて人々の反感をかった例。
フィリップ・モリスがタバコの販売によって国民が早死にすると、年金や社会保障費が減って政府としてのトータルの支出は減るという結論に対する反発などがあった。これには家族を失った損失は計上されていない。それがはいっていれば怒りはなかったのか?しかし、命の値段をつけた他の例でも批判はあった。功利主義者は命に値段をつけるのをためらうのは捨てるべき悪習だという。
道徳に関するあらゆる物事は失うものなく単一の尺度に換算できるという意見には、賛成も反対もあり決着はついていない。

ジョン・スチュアート・ミルはベンサムの友人を父にもち、功利主義をの反論に立ち向かおうとした。
彼は他人に危害を及ぼさない限り、人間は何をしても自由だと主張した。
個人的な自由のは長い目でみてよい効用をもたらすというのだ。
ミルは服従を最善の生き方の敵とした。
ミルは否定しているが、これは功利主義を否定するものとみなされている。
また「質の高い快楽」が存在するとしているところも功利主義と離れていると指摘されている。
ベンサムはすべての快楽は平等として、シェークスピアをみるほうが、プロレスやアニメをみるより質の高い快楽だとはしなかった。
ミルは人間の高い能力に信頼をよせ、功利主義を卑しさから救おうとしたが、そのために効用に無関係な人間の尊厳や人格といった道徳的理念に訴えるしかなかったのである。


○リバタリアニズム(自由至上主義)
リバタリアンは、経済効率でなく、人間の自由の名において、制約のない市場を支持し、政府規制に反対する。
その中心的主張は、どの人間も自由への基本的権利=他人が同じことをする権利を尊重するかぎり、みずからが所有するものを使って、みずからが望むいかなることも行うことが許される権利、を有するというもの。
そのため近代国家の、パターナリズム(父親的温情主義)、道徳的法律、所得や富の再配分を拒否する。
バイクのヘルメット規制はいらず、買春を認め、富めるものが貧しいものを支えるのは、政府の強制ではなく富める者の自由意思で行われるべきとする。
フリードマンは「資本主義と自由」のなかで、社会保障や年金を否定、最低賃金も自主的な契約の妨げになると否定した。
ロバート・ノージックは国家は、暴力・盗み・詐欺から国民を守ることに権限を限定すべきと最小国家を説いた。
元手が公正に手に入れられたもの(盗んだり、奪ったり、強制した取引)でないかぎり、手に入れたものは正当で、国家でもそれを取り上げることはできないとする。元手が正しいことを証明するのは難しいが、理論的にそうだとしたら、手に入れたものはすべて私のものでいいとする。
自分は自分のものだとするなら、自分の労働の成果も自分のもの。成果に課税するということは国家が私の共同所有者だということになる。これは間違っているというのだ。
自己所有権という概念は、他人のために自分の権利を差し出すことが間違っていることを説明する。

この原理い従うなら、自分の腎臓を売るのも自由だ(たとえ相手が臓器移植を待つ患者でなく、単に腎臓を収集しているだけの人でも)、自殺も自由だし、自由意思による契約さえあれば、なんでも許される(合意の食人事件の例があげられていた)
電車の例なら、橋の上から男を落とすのは絶対に間違いだということになる。

○市場と論理
市場をリバタリアニズムの観点で論じたら、自由な取引はするのは自由の尊重だ。干渉は自由を阻害する。二人の人間が自由な市場で取引をすると、どちらも利益を得ることができて、全体の幸福は増すというのだ。
懐疑論者は、市場の選択は常に見た目ほど自由とは限らないと主張する。
アメリカの軍隊は現在志願兵でなりたっている。南北戦争のころ徴兵制が行われたことがあったが、このときは代わりの人間を雇って戦場に行かせることが認められていた。のちに徴兵免除費も採用されたが、命に値段をつける行為と非難されて廃止になった。身代わりは富める者が貧しいものを戦争にいかせる階級差別として非難され、今はない。しかし、現在の志願兵制度は公平なのか?

志願兵とは労働市場を通じて兵士を集めるということだ。リバタリアンは徴兵制を自由を損なうというだろうし、功利主義は、志願兵をやとったほうが、兵士になるものは待遇がよくなり(そうでないと人がこない)人々は望まない兵役を行うこともなく全体の幸福が増すというだろう。
しかし、現在のアメリカの志願兵の出身階級は低所得者から中所得者だ、市民全体で大卒が46%なのに兵士で大学に通ったものは6.5%。つまり選択肢が少ない人間が兵士になっており不公平だというのだ。ただしこれは階級のある社会での主張だ。完全に階級がない社会なら志願兵は公平なのか?
どのような条件があれば自由市場は完全に自由といえるか?この問いはイマヌエル・カントとジョン・ロールズをみtから戻る。
また、兵役は民主主義における市民権を表現し、深めるもので、放棄すれば、政治家は簡単に戦争をはじめられるようになるという主張もある。だれも陪審員を市場から調達しようとはしないだろう。
志願兵をもっと進めれば傭兵ということになるのに、アメリカがそこまで行きつかないのは、兵役が国民の責任であり、市民権の発現だと思っていることの現れだったかもしれないが、現在は非アメリカ国民からの部隊をもつまでになってきている。民間軍事企業を使うことも、その方向だ。
兵役は国民全員が負うべき市民の義務なのか、それとも他の仕事と同じように労働市場でバランスが保たれる困難な仕事なのか?この答をだすのには、義務とは何か、それはどうやって発生するかを考える必要がある。

金をもらっての妊娠はどうか?
契約によって自分の卵子と子宮を提供し、依頼相手の精子を使って妊娠出産した女性が、出産後赤ん坊を渡すのを拒否して裁判になった事例がある。
リバタリアンと功利主義は、契約の履行が正しいとするだろう。
そして反論は、完全に自由な選択ではなく、子どもを手放す痛みが事前にわかっていなかった、同意に瑕疵があるというものと、そもそも女性の生殖能力や赤ん坊の売買は、たとえ自発的であっても(金で売ったり買ったりするのは)間違っているというものだ。
人間は単なる物体とは違い、尊厳と敬意をもって扱われるべきだとう主張⇒カント
ものや社会的営みの正しい評価法は、営みの目的によって異なる⇒アリストテレス
現在では完全に借り腹での代理出産が可能になったため、問題はより複雑になり、アメリカでも代理出産を認めるかは州によって違う。

傭兵と代理母からわか正義をめぐる二つの問題
・自由市場で我々が下す選択は、どこまで自由なのか?
・市場では評価されなくても、金では買えない美徳や高級なものは存在するのか?


功利主義は普遍的人権をみとめない。幸福な町があって、でもその幸福は地下でみじめに暮らしている子どものお蔭だとしたら?あなたは子供を解放して、自分の幸福を手放せるか?功利主義では幸福の量がおおければ、みじめな子供の存在を認める。
リバタニアンのいう自己所有権をどこまでもみとめれば、落伍者を切り捨て、格差が拡大するのは認め、人間の尊厳を傷つける行為をみとめることになる。奴隷売買だって、奴隷になるのを納得した人がいればいいのだ。
ロックは無制限の自己所有権を認めないとしたが、その根拠は神のようなものを思わせる。

イマヌエル・カントは人間は理性的な存在であり、尊厳と尊敬に値すると考え、それが人権のよりどころとした。
これは今日の普遍的人権のよりどころとなるものだ。
カントはアリストテレスのように美徳と正義を結びつけはしなかった。
自由と正義を結びつけた。
リバタニアンとの大きな違いは市場での選択のようなものは真の自由ではないとしたことだ。
理由は、そこで満たされる欲望は自分で選んだものでないからだ。
カントは功利主義も批判する。人々に幸福をもたらすものが道徳とはかぎらない。ある時点での利害・必要性・欲望・選好といった経済的理由は変わりやすく、普遍的道徳原理にならない。
人間が尊厳に値する存在なのは、自分を所有しているからでなく、合理的に推論できる理性的な存在だからとする。
ただし、常に理性的に選択できるとはかぎらない、でもその能力はだれにでもあると言っている。
ベンサムが間違っているのは、快楽と苦痛を人間の主権者としたことだ、人間は理性を主権者とすることができ、そうなっているとき動物と一線を画す独自の存在になれるとした。

カントの自由の定義は何にも妨げられず、したいことをすることではない。
快楽を求め苦痛を避けようと行動しているときには人間は自由ではない。行動のすべてが外部からから与えられたものを目的としているからだ。
自由な行動とは、自律的に行動すること。
カントは自律的を説明するために他律という言葉をつくった。自由落下する物体のように、他の法則に支配されているのが他律だ。目的を達成するための最善の手段を選ぶのは他律である。自律とは自分が定めた法則にしたがって行動自体を究極の目的として行動することだ。
カントにとって人間の尊厳を尊重するのは、人格そのものを究極目的として扱うこと。

カントによれば、ある行動が道徳的かどうかは、行動がもたらす結果ではなく、その行動を起こす要因できまる。
そうすることが正しいという理由で正しい行動をとる。それだけが道徳的な価値をもつとする。
正直な取引をするのが正しいからそうするのは道徳的価値がある。
しかし、正直な取引をしていれば利益が得られるからそうするのでは、道徳的価値はない。
正しい動機を義務の動機、そうでない動機を傾向性の動機といっている。
もっとも両者の区別は容易ではなく、共存する可能性も指摘している。
カントは善行をなすことで得られる喜びが動機でなされる善行は道徳的でなく、賞賛には値するが尊敬には値しないという。ただ義務のため(そうするのが正しいから)という理由で行動するときだけ、行動に道徳的価値が生じるという。(もちろん二つの動機は共存することがある)
カントは義務の動機を正しく理解するためには、それを同情や思いやりから切り離して考えるべきと主張している。

カントは「道徳形而上学言論」で道徳の最高原理を純粋実践理性とした。
仮言命法は、XがほしいならYをせよいう条件を伴うものだ。
定言命法は、無条件に、他に考慮すべき目的や依存する目的をいっさい持たずに何らかの行動を命じること。
定言命法だけが道徳の命法たる資格をもつとカントはいう。
定言命法のその1 普遍的法則、自分がとろうとしている行動が、他のすべての人の利益や状況よりも、自分の個人的な利益と状況を優遇するべきものか点検する。
定言命法その2 人格を究極目的として扱う、自尊心と他者を尊重する気持ちはまったく同じ原理、われわれが理性的な存在として人間性をもつものとして、人格に負っている義務であり、相手がだれかはまったく関係ない。相手が人間なら、だれであろうと尊敬に値する存在であり、人権はまもられるべきとする。これが今日の普遍的人権のよりどころである。

カントの主張は、
道徳的に行動することは義務から行動することである。
自分が定めた法則にしたがって自律的に行動することである。
ということになる。

道徳は経験からは生まれない。科学は経験の支配する感性界でしか機能しないので、道徳的な問いに答えることはできない。証明することなしに、経験から離れたところに道徳と自由の存在があるとしなければ、道徳的な生活は理解できない。

カントは買春と行きずりのセックスに反対した。夫婦間のセックスだけが人間性を貶めることなく、自分のすべてをささげあえる行為になりうる(すべてそうなるとはいっていない)とし、他はすべて他者の人間性を単なる手段として扱うものとした。
また、嘘は不道徳の最たるものとした。罪のないウソ(相手を傷つけまいとしてつく)も否定した。ただ誤解を招く表現は認めている。

カントには政治論のこれといった著作はのこしていないが、功利主義をさけ、社会契約に基づく正義論を支持していたようだ。
カントのいう社会契約はロックらの主張(合法的な政府は人々がどこかの時点で自分たちの生活を律する原理として定めた社会契約から生じる)とは違い、合法的な政府は原始契約に基づくものでなければならないが、事実として存在する必要はなく、ありえない仮想上のものだとした。
過去にさかのぼって国家に社会契約が結ばれた証拠をさがすのが難しいのと、道徳法則を支えるものは過去のある人々が同意した事実ではないからだ。
そして「理性の概念」が立法者と国民に同意したとみなす義務を発生させるという。
この仮想上の行為が、あらゆる公法の正当性の試金石とした。


ほとんどのアメリカ人は社会契約を結んでいないのに、法に従う。政府は国民の同意によって存在しているといわれる。
ジョン・ロックは、それを暗黙の同意を与えたからだといった。政府の恩恵を受けている人がハイウェイをはしることが暗黙の同意だと。しかし、暗黙の同意は同意の内容が見えにくい。

カントは仮説上の同意という論理を使って、国民全体が同意しうるものなら、その法は公正だとした。そのような同意が実際の社会契約の代わりになり、道徳的仕事を果たせるのか?

ジョン・ロールズは、正義とはなにかを考えるためには、平等の初期状況において、人々がどのような原理に同意するか問う必要があるとした。
人々が話し合って共同体の生活を律する原理を選ぼうとしても意見は一致しない。妥協案でおちついたとしても、交渉力の強いものの思惑が働いている可能性が強く、公正な取り決めとはいえない。
ここで全員に「無知のベール」をかぶってもらう。自分が属する階級や性別、人種も民族も宗教もわからない。いっさいの情報がない状態で洗濯する原理は公正になるはずだ。
これが、ロールズに考える社会契約。平等の原初状態における仮説的な同意である。

この状態は、自分が少数派や社会的弱者だったら困るので、功利主義やリバタニズム、自由競争は選ばないだろう。
ロールズはここから二種類の正義の原理が導き出されるとした。
第1原理は、言論や宗教の自由をすべての人に平等に与える
第2原理は、所得と富の平等な配分を求めるものの、社会で最も不遇な立場にある人々の利益になるような、社会的・経済的不平等のみを認める。
この原理については、意義を唱える学者がいる。

一度も実在したことのない契約から正義に原理は導き出されるのか?
たいていの契約には圧力があり、公平な条件で契約が結ばれることはまずない。
契約が道徳的圧力を有するのは、自律と互恵性という二つの理想が実現されている場合だけだ。
当事者が自律的に無図んだ契約には拘束力のある義務が生じる。
契約は当事者双方が利益を得るための互恵性を前提としている、契約を履行する義務は相手から得た利益に報いる義務から生じる。
現実では、この理想はなかなかなく、自発的でも不公平な契約はあり、契約でなくても互恵性の観点から発生する義務もある。

ロールズがいうような、原理の2では、格差は認め、最貧層に利するようにするということだから、高給取りの人が貧しい人を助けるという意味になるが、そうしない場合はなりたたない。ロールズは自分の気質がすべて隠された状態なら、人々は原理2を選ぶといっている。

無知のベールを支えるのは、所得と機会は恣意的な要素に基づいて配分されるべきではないという考え方だ。
封建社会と違って自由市場では一見機会は均等であるようにみえるが、実際は生まれた環境でスタートラインは違う。
では、スタートラインをそろえればいいのか?ロールズはそれでも正義とはいえないという。
なぜなら、生来の才能で所得と富が配分されるかららである。

では、完全無欠な平等は足の速いものに鉛の靴をはかせることか?
ロールズは、そうではなく、才能あるものが市場から得た利益は、共同体全体のものと理解してもらうという。
これがロールズの格差原理である。

反論として、最も不遇な人々を助けるという理由でしか才能から利益を得られないなら、才能を伸ばす努力をしないのではないかというもの。ロールズは才能ある人に所得格差を認めるのは、不利な立場の人々の状況を改善するためにだけだと回答する。

反論2、才能を開花させるための努力の大家が認められるべき。
ロールズは努力も恵まれた育ちの産物とする。
確かに努力が対価になるなら、筋骨隆々の人が煉瓦を運ぶより、体の弱い人が煉瓦を運ぶほうが対価が高くなる。

才能が道徳的に恣意的なら、道徳的功績に報いることは分配の正義ではない。
ロールズも、この考えが一般的でないことをみとめている。しかし、公正としての正義は違うのだと。

ロールズはルールを守って勤勉に働いている人たちに要求する権利がないといっているのではない。
道徳的功績と、正当な期待を持つ権利は区別すべきという。
権利はゲームのルールが決まった段階ではっせいする。ただしルールを設定する方法は教えてくれない。
分配の正義は、美徳や道徳的功績に報いることではなく、ルールが決まった段階で発生する正当な期待に応えることだという。税法上、恵まれない人々を助けるために所得の一部をさしだすことがきまっているなら、それは自分が道徳的に得る資格のあるものを奪う行為だとはいえない。

ロールズが道徳的功績を分配の正義の基準にしない理由は、
才能をもっていることは、すべて自分の手柄ではない。
また才能の基準が時代で違う
ということである。

フリードマンは「選択の自由」で裕福な家庭で育ちエリート校に通った自らの立場を不公平と認めた。
しかし、ロールズと違い、それを受け入れ、そこから利益を得るべきと主張した。

ロールズは、そうした事実を組織がどのように扱うかによって公正か公正でないか決まるといった。
お互いの運命を分かち合い、それが全体の利益になるときのみ、自然の采配や社会環境のめぐりあわせを利用することに同意することこそ、これらの事実の正しい扱い方だという。

アメリカの政治哲学がまだ生み出していない、より平等な社会を実現するために説得力ある主張である。


アファーマティブ・アクションとは、積極的差別是正措置のことで、大学の出願者でマイノリティを優遇すること。
白人に成績で劣っていても、この制度のおかげで合格になるマイノリティの学生がいることになる。
大学がこの制度を導入する理由は、「法治社会を実現するには、市民が法の判断を進んで受け入れるような社会をつくらなければならず、あらゆるグループの成員が司法に参加しなければ、このプロセスはさらに困難になる」というものだ。
はたしてこれは不公正なのか?

アファーマティブ・アクションの支持者が掲げる理由は3つ。

テストの差の補正・・・社会的・文化的・教育的背景を考慮する

過去の過ちを補正する・・・彼らを不利な状況においやってきた差別の歴史を埋め合わせる。しかし実際にしいたげられた人たちが補償をするわけでなく、補償する側も過去の過ちに責任を負ている人々でもないことが多いという批判がある。アファーマティブ・アクションの恩恵をうけるのは中流階級のマイノリティであり、白人でも彼らより貧しい家庭の出身者は多い。補償をするなら人種ではなく階級にすべきという意見もある。前の世代が犯した過ちを償う道徳的責任が、はたして現代の我々にあるのか?

多様性を促進する・・・入学許可を学生への見返りでなく、社会的価値のある目的を達成するための手段とみなす。これには実際はマイノリティの学生の自尊心を傷つけ、人種意識が高揚するとう説がある。本来の目的を達成するどころか、害の方が多いというのだ。また、原理的にも、学業でまさっても白人だからという理由で不合格になる学生の権利が侵害されているという主張がある。法哲学者のドゥウォーキンはアファーマティブ・アクションはだれの権利も侵害していないという。入学許可は学生の能力や徳に報いるための名誉ではなく、どの学生にも入学を認められるべき道徳的資格はない。入学許可が正当化されるのは、それが大学が目指す社会的目的に資するからであるとする。これはロールズの見解と一致する。

では、かつて人種によって入学を許可していない大学があったが、これは大学の使命にそっていれば正しいのだろうか?ドゥウォーキンはそうはいわない、この排他主義は「ある人種は遺伝的に他の人種より価値があるという卑劣な考え」によるもので、アファーマティブ・アクションはそのような偏見がないからだ。大学で人種や民族の多様性を確保することが有用だといっているだけで、不合格になった白人が劣っているというわけではない。

分配の正義のよりどころを道徳的功績に求めないという考え方は、道徳的には魅力的だが、人々を不安にさせる。
この考えは、金持ちが金持ちなのは、貧乏人よりそれに値するからだという考えを覆し、成功はたまたま才能と恵まれた環境によるものとするから魅力的である。
ただ、職やチャンスを得るのはそれに値する人だけという考えは根深く『ルールを守る働き者」が成功に値するというアメリカンドリームを体現している人々は、成功を自分のとくとみなす。この考えは、遅れをとる人々に責任を感じなくなり、度がすぎれば社会の連帯を妨げかねない。正義に関する議論を功績をめぐる論争から切り離すことは政治的にも哲学的にも不可能なのかもしれない。
その理由は、正義は名誉とかかわっていることが多いこと。名誉や見返りにふさわしい資質はなにかが議論されること。
また組織がみずからの使命を定義して、初めて評価すべき能力が決まるといっても、ある程度はその組織が奨励している善に制約される。巨大な資金を得られるからと入学許可を競売にするのは、大学の存在意義はなくなってしまうだろう。

正義をめぐる論争を、名誉や徳、善の意味を巡る議論と結びつけるのは賛同を得る見込みのない行為のようにみえる。
そのため正義と権利のよりどころを、こうした論争から距離をおいた場所に求めたいと思うのも無理はない。
カントとロールズの哲学は、善い人生の定義は人によって違うという現実を前に、中立的な立場から正義と権利のよりどころを見つけようとする大胆な試みである。


アリストテレスの正義論の二つの概念。
1正義は目的にかかわる。正しさを定義するには、問題となる社会的営みの「目的因(テロス)=目的、最終目標、本質)を知らなければならない。
2正義は名誉にかかわる。ある営みの目的因について考えるーあるいは論じるーとは、少なくとも部分的には、その営みが賞賛し、報いを与える美徳は何かを考え、論じることである。

アリストテレスは正義が、名誉・徳・道徳的真価をめぐる議論から切り離せないとする。
あるものが分配されるとき、そのものの目的を一番うまく実現できる人が持つべきと考える=目的論的思考。
自然科学についてもアリストテレスはこの方法を使い、石が落ちるのは還るべき地面に近づくためと考えた。今日ではこうした考え方は捨てられ、自然は物理法則に支配されていると考えられるようになったが、哲学や政治ではいまだに使われている。

アファーマティブ・アクションなら大学の目的はなにか?という問いから始まることになる。
大学が称え、報いを与えるのにふさわしいのは、どんな美徳や優秀さだろうか?
こうした議論が展開されるのはアリストテレスの正しさの裏付けだ。正義と権利をめぐる議論は、社会制度の目的をめぐる議論であり、その制度が称え、報いを与えるべき美徳をめぐって対立するさまざまな概念の反映であることが多い。

アリストテレスは社会制度の目的を論証するのは可能だと考えている。
今日のわれわれは政治を本質的目的をもつものと考えず、市民が指示できるさまざまな目的に開かれているものと考える。政治的コミュニティに、目的を与えることは市民の決める権利を横取りすることになると考える。
アリストテレスは政治の目的を、目的によらず中立的な権利の枠組みを構築することではなく、善き市民を育成し、善き人格を要請することとした。人々が共通善について熟考し、実践的判断力をみにつけ、自治い参加し、コミュニティ全体の運命に関心を持てるようにすることが政治の目的とした。
また、目的が限られる共同体は真の共同体ではないとした。防衛協定や自由貿易協定などのことである。
よって、地位と名誉を分配されるにふさわしい人は、共通善について熟考するのに長けた人たちであるとした。
市民として卓越性を発揮した人、ペリクレス(あるいはエイブラハム・リンカーン)のような人たちが公的に高く評価されることで、すぐれた都市の教育的役割にも資するとした。

今日の我々は政治を善良な生活のためにあるとは考えない。
アリストテレスは、政治抜きには申し分なく善と徳のある生き方ができないと考えた。
理由は人間を、政治的共同体をつくる生き物であり、その傾向はミツバチなど群れをつくる他の動物より大きいとした。人間は言語を通じて善を識別し熟考するとした。それを発揮できるのは政治的共同だけで、孤立しているときはできないとした。
アリストテレスは幸福を心の状態でなく人間のありかたであり「美徳に一致する魂の活動」とした。そして美徳を身に付けるには実践すること、つまり言語能力を使って政治に参加することとした。それを習慣化することとした。
アリストテレスにとっての道徳的行動とは、状況によってどの規則を適用するか考えて実行することである。つまり美徳にはつねに判断が必要だ。判断はアリストテレスが「実践的な知恵」と呼ぶ一種の知識である。これがある人は自分自身だけでなく、市民や人類全体にとっての善とは何かを熟考できるとした。ただし哲学的思索ではなく、この場での行動に関するもので、それぞれの状況で実現できる最高の善を追及するものだ。

市民として生活することは、他の生き方では眠ったままの、討議する力と実践的な知恵を磨くことができる唯一の方法であり、善良な生活に欠かせないものとする。

アリストテレスは奴隷制擁護者で女性の市民権もみとめなかった。一人一人に本性を活かせる適正にあった社会的役割を与えるという考えのもとである。
これは現代の政治理論とは相性が悪い。だが、彼の目的論思考が誤っていることの証明にはならない。
彼は奴隷制が正当であるためには、市民が共通善を討議する時間を捻出するためい家事労働をするためと、生まれながらに理性をもたず、他人のものになれる人がいるという条件が必要とした。
ただし、自分の意見に腑に落ちないものは感じていたようだ、多くの奴隷は戦争の捕虜で元は市民だったから。
奴隷制についてはリベラル派は強制を伴うので不正とするが、目的と適正で判断するなら、その人の本性にあっていなければ不正となる(たとえ公平な条件で合意したとしても)。道徳的基準はより厳格だ。

現代で、障害のあるゴルフ選手がカートを使用することが適正かを判断する裁判では、ゴルフの本質の解釈が問われた。正義と権利についての論争は、必然的に社会制度の目的、それによってわりあてられる善、賞賛され報いられる美徳をめぐる論争になることが多い。われわれは法律をそうした問題に中立にしようとするが、善良な生活の本質を議論しないとこには、何が正義かを決めるのは不可能かもしれない。



互いに負うものは何か?-忠誠のジレンマ
歴史的不正に対する公的謝罪をめぐっての議論は多くある。
公的謝罪が過去の傷をふさぎ、道徳的・政治的和解の基礎作りになることもあれば、かえって敵の敵意を呼び覚まし、歴史的な憎しみを増大させることがある。状況によってちがうのだ。

ここでは、状況の偶発性に左右されない、原理に基づく主張をとりあげる。
現存する世代は前の世代が犯した不正について謝罪する立場にないし、現実問題として謝罪できないとする主張である。自分が生まれる前に行われたことについて、どう謝れというのだろうか?

この主張の根拠は道徳的個人主義と呼べるものだ。私の責任は私が引き受けたものに限られるという考え方である。
われわれは自由で独立した道徳的行為者であり、伝統でも習慣でもなく、一人一人の自由な選択が、われわれを拘束する唯一の道徳的責務の源とする。

現代の政治のみならず、現代の正義論でも「同意と自由な選択」は重要な位置をしめている。
ジョン・ロックは正当な統治は自由で独立した存在であるわれわれの同意がないと行えないとした。
カントは自律(自分が与えた法で自分が統治されること)により選択する自己を考えた。
ロールズはカントの自律的自己の概念を取り入れ、真の同意による社会を作るのは不可能であり、代わりに無知のベールでつつまれたらどんな原理に同意するか問うことだとした
カントもロールズも道徳的行為者を、独自のもくてきゃ愛着から独立した存在と考える。個々のアイデンティティを考慮しない。
そうであるならば、歴史的不正の賠償の責務は発生しない。
世代を超えた連帯責任の問題だけでなく、人間の権利を定義する正義の原理は特定の道徳的あるいは宗教的概念にもとずくべきでなく、善良な生活について対立する様々な観念に対して中立であるべきという発想がうまれる。
カントやロールズは善良な生活に関する特定の考え方に基づく正義の理論を否定する。功利的(ベンサム)であれ、美徳を求めるもの(アリストテレス)であれである。それらは、目的と目標を自分で選べる自由で独立した自己として人間を尊重しない。国民が自由に価値観を選べる権利の枠組みをもつ中立的国家が必要だとする。もちろん自由に目的を選ぶのも強力な道徳的観念だが、どう生きるべきか教えてくれず、他人の同じ権利を尊重することを求めるだけだ。好ましい生き方自体は断定しない。二人は善についての考え方から正しさを導き出す正義論には意義を唱える。正しさは善に優先するというのだ。

正しさを善より優先すべきかというのは、究極的には人間の自由の意味を問う論争である。
アリストテレスは正義を人間とその本性にふさわしい前途の一致の問題とみた。
われわれは正義を一致ではなく選択の問題としてみる傾向がある。われわれは道徳的行為者として目的ではなく選択能力によって定義される。
アメリカの政治論争の顕著な特徴の一つは、中立的国家と自由に選択できる自己という理想が政治思想に広くみられること。
アメリカの社会保障を擁護する人々の建前は、コミュニティの責務ではなく、困窮している人が自由な選択ができないから、物質的条件を整えるという意味であった。政府は自由な選択をするための物質的枠組みを整えるというのだ。
リバタニアンは中立的国家は賛同するが社会保障制度は否定する、社会保障制度のもとでは個人がみずからの目的を選べないで、一部の人の利益のためにほかの人々が抑制されるというのだ。

著者は、この自由観には欠陥があるという、公平な条件のもとでの選択の自由でさえ、正しい社会に適した基盤ではない。中立的な正義の原理をみつけようとする試みは方向をあやまっていると思えると。

自ら選ばなかった道徳的束縛にとらわれないなら、我々が一般に認め重んじている一連の道徳的・政治的責任がわからなくなってしまう。われわれのアイデンティティを形作るコミュニティと伝統から生まれた道徳的要求を受け入れる存在としなければ、一般的な道徳的側面をうけいれられない。
かといって、コミュニティの要求ならば、判断せずに従うわけではない。
アラスデア・マッキンタイアは人間を「物語る存在」ととらえた。私はどの物語の中に自分の役をみつけられるかという問いに答えることで、どう生きるかに答えられるという。
物語には目的論と予測不可能が共存している。
道徳的熟考とは、みずからの意志を実現することではなく、みずからの人生の物語を解釈することだ。
単なる個人としては善の追及も美徳の実行もできないが、登場する物語をうけいれるときだけ、自分の物語を理解できる。物語の成員としての立場と帰属による。
これは、現代の個人主義とは相いれない。

リベラル派の責務の生じ方は二つ
・自然発生的なもの・・・普遍的で合意を必要としない
・契約によるもの・・・個別的。合意を必要とする。
この考え方では、厳密には国民一般には政治的責務はない。平均的国民は同法に対して不正を行わないという普遍的・自然発生的義務以上の責務を負わない。
物語的な考え方でとらえると、これは同胞として我々が負う特別な責任が説明されていないと考える。忠誠と責任もとらえられていない。それが道徳的力をもつ一因は、自分自身をある家族や国家、民族の一員、歴史の担い手、共和国の国民としての独自の人格ととらえることにある。よって物語的には責務には3つめがある。
・連帯の責務・・・個別的。合意を必要としない。

連帯と帰属の責務をあげて、読者に道徳的力が契約論の用語で説明できるか考えてほしいといっていた。
・家族の責務
・コミュニティの責務
・愛国心
・移民を制御する
・アメリカ製品を買う

連帯は同族を優遇する偏見だろうか?
一部は仲間に対するものだが、それ以外の部分はコミュニティが歴史上の道義的責任を負う相手かもしれない。過去の過ちへの謝罪がそれである。
また自国の国民や政府を批判する特別な理由になることがある。ベトナム戦争に反対するとき、不正な浅層だというのは普遍的にだれでも持つ理由だが、アメリカ国民として恥ずかしいといえるのはアメリカ国民だけである。
誇りと恥は、共有するアイデンティティを前提とした道徳的感情である。
帰属には責任が伴う。自国の物語を現在まで引き継ぎ、それに伴う道徳的重荷を取り除く責任を認める気がないならば、国とその過去に本当に誇りをもつことはできない。

忠誠はときに普遍的道徳原理に勝ることがある。
南北戦争のとき南軍の将軍だったリーは奴隷制にも南部の脱退にも反対だったが、故郷のために南軍の司令官になった。自分の生きる状況を理解し、熟考の末受け入れたのである、人格者であるとはみずからの、ときにはお互いの対立する重荷を認識して生きるということだ。

我々がもつ連帯的要求は、われわれの道徳的・政治的体験にみられる特色だ。そうした要求なしには生きることも、人生の意味を理解することも難しい。道徳的個人主義の論法でそれらの要求を説明することも難しい。そうした要求は物語る存在、位置ある自己としてのわれわれの本性を反映している。

正義を道徳的絆に縛られないなら、中立な正しさの枠組みが必要だが、実際には道徳的・宗教的問題をとりあげずに、問題を議論することは不可能だ。達成不可能な中立性を装いながら公的問題を決めるのは反動と反感をわざわざつくりだすようなものだ。本質的道徳問題に関与しない政治をすれば、市民生活は貧弱になってしまう。原理主義者はリベラル派が恐れれて立ち入らない場所にずかずか入り込んでくるので、偏狭で不寛容な道徳主義を招くことにもなる。

アリストテレス的な考え方に立ち戻り、道徳行為の物語的な考え方の方が説得力をもつことを認めるべきではないか。

正義をめぐる論争にによって、道徳をめぐる本質的な問いに否応なくまきこまれるのだとしたら、その議論をどう進めていくかが問われる。
単なる哲学上の問いではなく、政治的言説を再活性化し、われわれの市民生活を一新しようとするあらゆる試みの中心にある問いである。



正義と共通善
ジョン・F・ケネディは宗教を私事として、政治的影響を排除するとした。
バラク・オバマは、道徳的・宗教的信念が政治と法律において何の役割も果たさないとするのは間違いだったと述べた。
1960年代と70年代にもっとも発言力を得た公共鉄がは、政府は道徳・宗教問題について中立で、個人が自由に自分なりの善良な生活の構想を選べなければならないというものだ。
共和党は中立を経済政策に利用し、民主党は社会的・文化的問題に応用した。
ロールズの正義論はリベラル派の中立の構想を哲学的に擁護した。
1980年代にはコミュニティと連帯の考え方を支持する人々が、自由な選択と負荷なき自己という観念に疑問をなげかけた。
ロールズは宗教的・哲学的・道徳的信念、永続的な愛着や忠誠から自分を切り離せないとしても、市民としてのアイデンティティとは関係がないと主張した。
理性ある多元主義という事実を尊重するために市民としてのアイデンティティを道徳的・宗教的深淵から切り離すべきだとした。
よって、道徳的・宗教的正義を政府が支持しないだけでなく、個人が公共の場に持ち込むことも禁止することになる。
キング牧師を例外として、民主党は政治的言説から、道徳的・宗教的主張を葬り去った。
道徳的・宗教的主張はキリスト教右派にまかされることになる。かれらは共和党レーガン政権で目立つよう 
リベラルな中立性を超えた道徳的・精神的要素が政治的言語に盛り込まれ、進歩主義者は、より度量が大きく信仰に好意的な形の公共的理性を持つべきだと主張した。

正義と権利の議論を善良な生活のギロンから切り離すのは、
・本質的な道徳問題を解決せずに、正義と権利の問題に答えをだすのは、つねに可能とは限らない。
・可能な時でも望ましくはないことがある
という理由で間違っている。

妊娠中絶とES細胞をあげ、根底にある道徳的・宗教的議論における立場を明確にしなければ解決できない例としていた。
同性婚も。
そして目的とそれが称える美徳について考えることなしに、判断はできないとしていた。

正義に対する3つの考え方

・功利主義
 正義は最大多数の最大幸福を意味するというもの。
 欠点は正義と権利を原理ではなく計算の対象としていること。あらゆる善をたった一つの統一した価値基準に当てはめ、平らにらなして個々の質の違いを考慮しないこと。

・正義は選択の自由の尊重を意味する
 功利主義の最初の問題を解決するが、尊重に値する権利がどれかは決めない。

・正義は美徳を涵養することと、共通善について判断することが含まれる。
 筆者の主張はこれ。公正な社会を達成するには、善良な生活の意味を我々がともに考え、避けられない不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはいけない。

所得・権力・機会などの配分の仕方をそれ一つで正当化できるような原理、あるいは手続きを探したくなるが、正義にはどうしても判断が関わってくる。正義にはものごとや美徳、誇りや承認について対立するさまざまな概念と密接に関係している。正義はものごとを分配する正しい方法にかかわるだけでなく、ものごとを評価する正しい方法にもかかわる。

公正な社会が善良な生活についてともい判断することで成り立つとすれば、われわれをこの方向に向かわせるのはどんな種類の政治的言説か?
著者はロバート・F・ケネディの主張が有望であったとする。
彼は不正をただすために、独りよがりな生き方に苦言を呈し、アメリカ人の国に対する誇りを呼び起こすことで、同時にコミュニティ意識にも訴えた。
残念ながら暗殺されたが。

オバマも、道徳や精神性を希求する政治をうちだしたが、金融危機のためうまくいくか予断は許さない。

共通善に基づく新たな政治とはどんなものか?考えられるテーマ
・市民権・犠牲・奉仕
 公正な社会には強いコミュニティが求められる。全体への配慮・共通善への貢献を市民のうちに育てる方法をみつけないといけない。公教育や軍隊はかつてその場だった。
 オバマ大統領は、ブッシュ氏がアメリカ国民に奉仕を求めず、買い物に行くように奨励したと批判した。

・市場の道徳的限界
 重要な社会的慣習ー兵役、出産、教育と学習、犯罪者への懲罰、新しい国民の受け入れなどを市場に持ち込むと、その慣行を定義する基準の崩壊や低下を招きかねない。
 どれを市場の侵入から守るべきか問わなくてはいけない。
 それには善の価値を判断する正しい方法について、対立するさまざまな考え方を公に論じることが必要だ。
 市場は生産的活動を調整する有用な道具だが、社会制度を律する基準を市場によって変えられることを望まないなら、われわれは市場の道徳的限界を公に論じる必要がある。

・不平等・連帯・市民道徳
 貧富の差は1930年代以来最大。それなのに不平等は大きくとりあげられていない。
 効用の面から富裕層への課税することを主張するものがいるが、もっと重要なのは、あまりに貧富の差が大きいと連帯が損なわれることだ。その結果、金持ちは民間サービスを利用するので公共のサービスが財政的に苦しくなることと、公共の場に多様な人々が集わなくなってしまうこと。そうして不平等は市民道徳をむしばむ。リベラル派はここを見落としている。富裕層からの税収を公共サービスに投じて、富裕層も利用したくなるものにするなどの方法が考えられる。
 不平等の公民的悪影響とそれを払しょくする方法に焦点をあてると、所得の配分からは見つけられない政治的牽引力が見つかるかもしれない。また、分配の正義と共通善の関連性に光をあてる一助になるかもしれない。

・道徳に関与する政治
 われわれは、ここ数十年、同胞の道徳的・宗教的信念を尊重することは、それを無視し、可能な限りかかわらず公共の生を営むことだと思ってきた。しかし、そこからは偽りの敬意が生まれかねない。道徳不一致に対する公的な関与が活発になれば、お互いの尊敬の基盤は強まるはずだ。他者の道徳的・宗教的見解を嫌いになる可能性もあるが、しかしやってみなければわからない。
 道徳に関与する政治は、回避する政治より希望に満ちた理想であり、公正な社会の実現をより確実にする基盤でもある。



これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

  • 作者: マイケル・サンデル
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/05/22
  • メディア: 単行本



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フェイク・イット~1日1分の心理セラピー「英語アファメーション」で夢はかなう! [思考]

セラピストの著者が書いた、アファメーションの本
アファメーションとは、「私にはデキる!」というような、自分を肯定する自己暗示のこと。
そのアファメーションを英語でやると、効果がグンと高まる。
英語が苦手な人ほど効果がある。
実践は一日1分。

成功するために本質的に重要なのは、情報をあつめることよりも、感情のコントロール。
成功者には英語を使いこなす人が多い。

アファメーションとは「信じる力」を鍛えるテクニック。
理屈や経験とは関係なく、当たり前のように「私はデキるんだ!」と信じられますか?
それができるようになるのがアファメーションの目的。

意識には健在意識と潜在意識があります。
意識が変化・成長しようとしても潜在意識は元に戻ろうとします。
潜在意識は、いまのままのあなたを維持することであなたを守ろうとしている。
しかし、成長したいときには、心のブレーキになってしまう。
成長しても大丈夫なんだと潜在意識に納得させ、安心しさせてあげないと、ブレーキがはずれない。
アファメーションはそのためにする。

潜在意識の理解の仕方。
1潜在意識は否定形が理解できない→肯定形で表現する。
 例 緊張しない→リラックスする
 そうすると「できなかったところ」ではなく、「できたところ」に自然に意識が向く。

2潜在意識には過去や未来の話が理解できない→現在形で表現する
 例 来年までに年収を2000万にする→私には、年収2000万円を稼げる能力が(いま)ある」
 間違えやすいのは、アファメーションは目標設定ではないこと。
 「私の年収が2000万円だ」では、ただの妄想で、稼げてもいないのにお金を使うことになる。
 未来のどんな素晴らしい目標や夢も、いまの自分の一歩からはじまる。なりたい自分になるための能力や可能性や価値は、今の自分

の中にあると認めてあげる。アファメーションを現在形で表現するというのはそういうこと。

3潜在意識は空気を読まない。言葉通りに意味を解釈する→一人称で表現する
 例 幸せを感じている→私は、幸せを感じている。
 間違えやすいのは、アファメーションを「おまじない」だと思っている人。アファメーションは「あなた自身に関わるもの」なので

、「アキちゃんは、僕のことを好きになる」はアファメーションではなく呪術。人を変えることはできません。同じ理由で「世界中が

平和になる」も誤解で、書きかえるなら「小さなことでいいから、世界の平和に貢献できるような行動をしよう」というようななるで

しょう。
 一人称でアファメーションを唱えるたびに、
 「私自身が主体、私の人生の全責任は私にあって、周りの人やもののせいにはできない。
  すべては、私が成長するかしないかにかかっている」と思えるようになる。

4潜在意識は子供のように、実感をもってイメージできるものしか理解してくれない→具体的に表現する。
 これは、必ずしもリアルな映像をかける必要はない。潜在意識にとって「イメージする」とは「自分に身近なことで表現する」と同

じ意味。映像でなくてもはっきり実感できればいい。
 例 私はしあわせだ→みんなと一緒に仕事ができて、私はしあわせだ」
 正直、このルールは一番難しい。「具体的な表現」は人によって違うから。
 あなたにとって実感がわくものであれば、そのアファメーションは具体的に表現されているといえる。

こうしたルールをみくると、英語は最初からアファメーションに適した言語だとわかる。
まずほとんどの場合主語がある。そして日本語より語彙が少ないのでニュアンスを表現するために感情をはっきり込める必要がある。

つまり感情をこめやすい。
 否定形の場合でも、否定が動詞より先にくるのでネガティブな影響をうけやすい。
 言葉というものは使っているうちに、わかったような気になって、意味を感じようとしなくなるので、外国語で鳴れない言葉だから

こそ、気持ちを込めやすくなる。
 自然と一人称の表現になるので、白々しさがなくなる。
 日本人は要求するのが苦手だが、アファメーションは潜在意識に何かを要求すること。だから日本人の文化から生まれた日本語より

英語のほうが、潜在意識に堂々と具体的な要求をすることができる。
 感情を盛り上げるには英語のリズムのほうがしっくりくる。

アファメーションを実践する極意は Fake it until you make it! 実現するまでは、実現できたフリをしろ。
そうやって潜在意識をだます。妄想とちがうのは、なっている気持ちになる演じる、フリをするということ。
だからアメリカ人をフェイクしてアファメーションを唱えてみよう。


具体的なアファメーションの例
・一日2回、できれば、寝る直前と朝目覚めてすぐにやる
・意味を意識しながら、ネイティブスピーカーになったつもりで最大限感情をこめて読む
・慣れてきたら暗記していってみる。
・日常生活の合間でも、思いついたら、アファメーションを心の中でつぶやいてみる
・慣れてきたら、複数テーマのアファメーションを同時に実践しても構わない。
一番大切なのは、難しく考えないで楽しむこと!
最初は細かいことは気にしない!

一般的なアファメーション( FENERAL AFFAMATIONS)

1 I am happy.
 私は、しあわせだ。
 アイ/エァーム/ヘアピィ
 「I」を思い切り強調。「am」も強調。現在形を表現する。今この瞬間にあなたが感じられるあらゆる「しあわせ」を心の中に集め

てみる。

2 I'm willing to help people to be happy.
 私は、みんながしあわせになるのを手助けしてあげる
 アイムウィリン/トゥヘルピーポー/トゥビヘアピィ
 幸せになる力=しあわせにしてあげる力 これは本質的に同じ。
 周囲の人たちから自分一人が突き抜けようとすると潜在意識がストップをかけてくる。
 周囲の人たちとのズレが大きくなると潜在意識は心のブレーキをかけてくる。だから1の次には、みんなも幸せになるのを手助けし

たいとうアファメーションをいれる必要がある。
 peopleのところをmy friendsなどに変えてみて、しっくりくるのを探して。

3 I deserbe to be happy.
 私には、しあわせになる価値がある。
 アイディズーヴ/トゥビヘアピィ
 自分が嫌いな人は「ありのままでいい」とわれると嫌いな自分から抜け出せなくなる。
 2で周りの人を幸せにするといれたのは、自分に価値があると謙虚な日本人はいいにくいので、予防線としていれた。
 自分に本当に価値があるのかという迷いを、周りの人をしあわせにしてあげられるようがんばろうという肯定形に変える。

4 I'm so happy that I can realize my wishes.
 私は、自分の望みをかなえることだってできるほどしあわせだ。
 アイムソーゥヘアピィ/ダライキャンリーアライズ/マイウィッシーズ
 いまのしあわせを感じる気持ちをこれからの成長へ方向づける言葉。
 どんな小さな種=しあわせであっても、潜在意識はそこから動き出せます。

5 I have numerous ideas to realize my wishes.
 私には望みをかなえるためのアイデアがたくさんある。
 アイハヴニューメラス/アイディーアーズ/トゥリーアライズ/マイウィッシーズ
 4で未来に向かって歩み始めたあなたは「どうやって望みをかなえたらいいか」とおもっている。
 あなたの潜在意識の中には、あなたが望みをかなえるためのたくさんのクリエィティブなアイデアが眠っていることを感じるのがこ

のアファメーションの目的。
 ニューメラスという普段使わない単語をもってくることによって、潜在意識が刺激され、たくさんのアイデアをあなたの意識に伝え

てくれます。

6 I'm increasing my ability to realize my wishes.
 私は望みをかなえるための力を積み上げている。
 アイムインクリースィン/マイアビリティー/トゥリーアライズ/マイウェッシーズ
 望みをかなえるためには、あなた自身が努力を積み上げなければならないのは当然のこと。
 そのためには「日々の努力」をたのしめるようでなければならない。
 地道な努力というのは、目に見える成果が現れないうちは、なかなか楽しいとは思えない。だから、やがて形になる結果=未来にで

はなく、今すこしずつでも着実に磨いていること=現在に意識を集めることが大切。
 英語の現在進行形は日本語よりアクションが感じられる。特に「increasing」のどんどん増やしている、ぐんぐんパワーアップして

いる、ますます豊かにしている、というニュアンスを感じながら言ってみよう。

7 I'm determined to realize my wishes.
 私は断じて望みをかなえる。
 アイムディトゥーミンド/トゥリーアライズ/マイウィッシーズ
 アファメーションを実践中に口先だけの決まり文句になってしまうと、潜在意識は協力してくれません。
 子供と同じように、こちらの本気を敏感に見分けている。本気で言うことはとても重要。
 慣れない英語なので、気が抜けるのを防ぐには有利だが、大事なのは常に決意をメンテナンスすること。
 そのための決意のアファメーション。
 am determinedとすることで、私は、今この瞬間固く決意しているという強いニュアンスをだしている。「断じて!」という感じ。
 心が熱くなればベスト。


他に
豊かさのためのアファメーション(PROSPEROUS AFFIRMATION) 精神的な豊かさから経済的な豊かさを実現する。
自信をつけるつけるためのアファメーション(SELF-CONFIDENCE AFFIRMATIONS) 自信を土台にして夢や目標を実現しる1歩を踏み出す
恋愛のためのアファメーション(RELATIONSHIP AFFIRMATIONS) 容姿だけでなく、どんな子細なことでもいいので魅力的をみつける。
健康とダイエットのためのアファメーション(HEALTH AFFIRMATIONS) ダイエットを例に
クリエイティブに夢を実現するアファメーション(CREATIVITY AFFIRMATIONS) すでにあるクリエィティブな部分をみつける。
困難に立ち向かう力のアファメーション(STRENGTH AFFIRMATIONS) 自信を失いかけたときに、自分を奮い立たせる

がのっていた。

さらに英語アファメーション日記をすすめていた。
専用のノートに夜寝る前と朝おきてすぐ手書きでアファメーションを書く。

初級
文字は心のありようがあらわれたもの。
本音をだせないで感情をおさえているときには、右肩上がりになる。
文字には潜在意識があらわれている。
というわけで、文字の書き方を意識すれば、潜在意識を変えることができる。
文字の書き方で感情を表現する。たとえばdeterminedはすべて大文字で大きくかくとか。

中級
あえて、二人称、三人称を使う。
といっても、対象はあなた。
You are happy. あなたがあなた自身に行っているつもりで書く。鏡の中の自分にいいきかせる。
He(She) is happy. ○○っていう人=あなた自身は、ハッピーなんだよねと誰かにいっているようなつもりで書く。自分が主演を演じ

る映画を観客としてみているかんじ。
これで想像力が刺激され、アファメーションのイメージを立体化させることができる。
GENERAL AFFAMATIONをこういう風にした例がのっていた。

上級
オリジナルアファメーションを作る。
自分で作ったほうが愛着がわきやすい。
作るときは、英語の楽曲や歌詞、映画のセリフをパクるのもよい。
そしてアファメーションだけでなく、そのアファメーションを実践しているときに感じたこと、疑問に思ったことなどを書き出す。
それをできるだけ簡単な単語を使って、一行以内の英文にまとめてみるようにする。
このときどう表現するか考えるのが、英語への興味を深める。
映画が自分の思いを表現する言葉へ成長する。

最後に著者が外国のプロジェクトミーティングで体験した話。
参加者が英語でミーティングをするなか、まったく英語がわからない韓国人の青年がいた。
1週間のミーティングが終わったとき、みなが狙っていた受付の金髪美人と親しくなっていたのは彼だった。何度かデートもしたらし

い。
言葉じゃない、気持ち。伝えたいと思う真剣さ。
自分を成長させることに、真剣に取り組む熱い気持ちがあるかどうかが大切。
FAKE IT UNTIL YOU MAKE IT!


フェイク・イット~1日1分の心理セラピー「英語アファメーション」で夢はかなう!

フェイク・イット~1日1分の心理セラピー「英語アファメーション」で夢はかなう!

  • 作者: 石井 裕之
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2010/03/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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自分を好きになれないキミへ [思考]

セラピストの著者が書いた、孤独で寂しくて苦しいとき、「いつもキミのそばにいる本」

第1章 心の荷物を下ろそう、半分だけ下ろそう
 なんでも心の持ちようという考えは間違いだと思う。現実は現実としてある。
 でも、現実のとらえ方は人それぞれ、だから半分は自分の心が握っている。
 ケンカも恋もひとりじゃできない。半分は相手が、半分はキミが現実を握っている。
 だから、全部人のせいにするのではなく、全部自分のせいにするのではなく、半分だけでいいって考えてみよう。

第2章 1秒前の自分を超えていこう
 「自分のことが嫌い」といったときの自分は過去の自分。
 過去の自分が嫌いなら、それは過去の自分を超えようとしているということ。自分のダメさに気が付いている。
 自分を愛してあげましょうは、キケン。ダメな自分をダメだと思う自分まで殺してしまうことがある。
 過去の自分を乗り越えていける自分を信じてあげようという意味に解釈してほしい。
 自分を、ダメだと思うのは、自分がもっとできるとキミが知っている、信じているということ。
 誰かを信じるのに根拠はいりません。担保も保証もいらない。信じることそれ自体に価値がある。契約や取引ではない。
 ボクたちは1秒ごとに新しい自分。1秒ごとに成長のチャンスがあるのです。一日には86400秒の成長のチャンスがある。

第3章 人といても孤独なとき
 人と一緒にいても心が通じていなければ、アニメで違うセル画の上にいるようなものです。背景(場所)がいっしょなだけ。
 身体の居場所と心の居場所は同じではありません。
 相手の心に何かを伝えたかったら、何よりもまず、相手の心とキミの心が同じセル画の上になければならない。セラピストはラポールを築くといいます。
 この状態は心と心が感じあう状態。こうなるには、「相手の心」に心を澄ましてみること。相手をわかってあげたいと思えたときにキミは気が付かないうちにスッと相手のセルに移動している。
 物理的な交流は盛んなのに、心の触れ合いが失われているのは、みんな「私のことをわかってほしい」と思っているから。相手のことを本当にわかってあげたいと思う人が本当に少ないから。
 どんなに勇気をだしてパーティに参加しても、「わかったあげたい」という気持ちがなければ、キミはどこまでも孤独です。

第4章 逃げ方を学ぼう
 靴に足をあわせるなんてバカげていると思う。でも心でおなじことをしていても気が付かない。
 この原因は「雰囲気だけのポジティブ思考」だと思う。
 大切なのはがんばることではなく「何のためにがんばるのか」
 頑張り方は子どものころから教わるけど、逃げ方は教わらない。「正しい逃げ方」を教えたい。
 キミは自分の環境を自分で作り上げていく責任がある。環境が悪いなら積極的に働きかけて環境を少しずつでもよくしていく努力をしなければならない。
 わがままや、怠けて逃げるのはいけないが、自分の環境を作るために逃げるのは正しい。
 逃げるときは、「何に向かって逃げるのか」が大事。
 そう考えると前向きに考えることができる。
 環境を作り上げるには我慢が必要だが、我慢のための我慢では意味がない。むしろ怠慢。
 やりがいを感じられる仕事をするために、環境を人任せにしてはいけない。自分で環境を作りましょう。
 好きなことをやって生活が成り立たないのに、なぜ嫌いなことをやって生活がなりたつと思うのか?

第5章 誹謗中傷に負けないために
 人を褒めるのは難しい。ほめたつもりに相手を不快にしてしまうこともある。
 相手のツボをおさえてほめるには、相手に気持ちを向けて興味をもつこと。観察すること。
 けなす言葉はとても簡単。想像力もクリエイティブな感性もいらない。どこかで使われた言葉ばかり。
 そんな言葉で傷つくのは、その言葉に込められた悪意を感じ取るから。
 心無い悪意から自分の心をまもらないといけない。
 けなす言葉には創造性がないので、放っておくと相手のほうが息があがってきてします。ネテがつきてしまうから。
 誹謗中傷をする人の心理は、人を褒めるだけのクリエイティビティがないので、せめて相手を不快にさせて自分の存在を主張したいというもの。やっている間は自分を創造的な人間だと思い込むこともできる。
 だから、自分に対する誹謗中傷には決して目や耳を貸さず、人を褒めるということに心のエネルギーをそそぐ。
 向けられた悪意を自分のなかで善意にかえてしまう。そういう人が増えると世の中はよくなる。

第6章 何をやってもダメな自分に
 心をむけていないと、本当は何も見えない。時間を知るために見た時計のメーカー名なんてよまないでしょう?
 私たちは、「足りないもの」に目をむけがちです。
 でも、いままでたくさんの「足りないもの」を手に入れてきたから、ここにこうしているのです。
 手に入れたものに心をむけじっくり味わってみよう。
 著者は「あこがれ手帳」をつけている。年の初めに「こんな人になれたらいいな」をかいたもの。
 それをふりかえると、自分が過去のじぶんのあこがれの人だとわかるそう。
 みな、小さなあこがれを形にして、それがつみあがって今になっているのを忘れないで。

第7章 感情の起伏が激しい自分をどうしよう?
 人間は理屈より感情によって強く左右される。
 気づかないうちに潜在意識に忍び込んでくる印象に左右される。
 それは「背景」。
 掃除をすると運気があがるといわれるが、それは背景がかわり潜在意識にはたらきかけるから。
 意識していないほうが、潜在意識には強い影響を与える。散らかった背景は、心や感情も散らかったものにしてしまうかも。
 背景がいかに自分の心に影響を与えているか理解して、そこに責任をもとう。
 いったん湧きあがった感情はコントロールできない。無理に鎮めようとしても水面の波のようにかえって乱れるもの。
 感情は潜在意識に入り込んだ印象からうまれるので、「背景」を心地よいものにすることが大事。
 ちょっと片づけただけでも、潜在意識への効果はある。感情がみだれるなら、なにか身の回りのものをひとつだけ整理してみよう。

第8章 ちょうどいい「空気」の読み方
 空気というのは、その場にいる人たちの息づかい。マニュアルのようなものはなく、リアルタイムで読み取るしかない。
 雑に言えば、その場のみんなの「表情を読む」ということ。
 空気を読むとは、表情を読む能力といえるとおもう。
 相手をよくみていないと表情はよめず、気持ちはわからない。逆にあまり気にしすぎてしまうと、自分の気持ちを表現するのに臆病になってしまう。
 「空気を読み過ぎて苦しんでしまうタイプ」「空気が読めないで失敗してしまうタイプ」自分ではどちらだと思う?
 筆者の経験では自己評価は逆になる。読み過ぎるという人は実はあまり読めていない。読めないという人は読み過ぎる。
 そもそも自己評価が的確なら、そのこと自体が「的確に空気を読めている」ことになる。
 自己評価は内側からのもの、外側からの評価を基準に考えたほうが妥当。だからキミは正反対の努力をしてきたことになる。
 対策は、読み過ぎと思っている人はもっと細かく読むように、読めないと思う人は思い切って自分の思うままにふるまえばよい。
 それだけで対人関係がうまくいく。
 でも、友達にも「空気が読めない」といわれるという人もいるかもしれない。でも、本当に空気が読めないなら、友達に指摘されても、私は空気を読んでいると主張するはずでは?
 キミがみんなから空気が読めない人に見えるのは、読み過ぎて言動がぎこちなくなっているから。だから努力するほど空気が読めないように見えてしまう。
 だから、自分は空気が読めないと思っている人で、あえて自分の好きなようにふるまってみてください。

第9章 みんなと比べてダメな自分に落ち込んでしまうとき
 自信を無くしたり、自分はダメだという思いに苦しんでいるときは、「周りの人と自分を比べている」
 人と比べることは必要なこと。比較して初めて自分がみえる。自分を成長させるために必要な課題も分かる。
 でも、それで腐ってちゃダメです。足りないところを学ぶのはいいけれど、自分の気分を左右されては「いけない」
 自分よりできる人と比べてガッカリする心の在り方は、自分よりもデキない人を馬鹿にして見下す心の在り方と同じこと。
 どちらも本質的には人と比べることで自分の気分を決めている。
 人と比べて落ち込んでしまう心の在り方の中には、劣っている人を見下げて嘲笑する卑しい心の「種」が潜んでいることに気がついてほしい。
 周りの人によってキミの価値が決まってしまうのであれば、レベルの低い人の中に引越せばそれで済む。
 でもそれでは自分を好きになれないでしょう。キミが成長しなければ何の意味もないから。
 周りの人が優秀であろうがなかろうが、キミの価値にはまったく関係ない。
 自分より優れていると思える人がいたら、落ち込むより「教えてもらおう」と思えばいい。
 アドバイスを求めなくても相手を観察してヒントを盗めばいい。「どんなふうに人を褒めているか」「ミスをしたり叱られたときどういう態度をとっているか」「どんなふうに人の話をきいているか」「服は」「読んでいる本は」
 そいういった宝物を探しましょう。周りの人が自分よりできる人なら、周りは宝の山です。
 そして努力して優秀になった人は、最初から優秀な人と違って、ダメな自分を成長させた方法を知っているから、同じように人に的確で具体的アドバイスができるのです。

第10章 失恋の痛みはまだ消えないけれど
 体に治癒力があるように、心にも自然とバランスをとる働きがある。
 体と心の治癒力の差は、体は自分一人の中で完結するが、心は自分一人の心では完結できないこと。必要なのは他人の心。
 人間の心は、人間関係の中でバランスをとりもどしていく。
 キミの心がバランスをとりもどすためには、他人の心が必要なのです。
 相手がセラピストでなくても、どんな人間関係もセラピーです。
 必ずしもポジティブな影響だけでなく、ケンカなども心の交流です。人間関係の不愉快で苦渋に満ちた関係の中にも前向きな意味がある。
 人間関係で最も濃厚がなものが恋愛。心の自己治癒のために、キミの心は恋を求める。心が平穏で満足しているときには、あまり恋をしたりしない。
 「失恋」の苦しみは、キミの心を立て直してくれる究極の荒療治。
 だから、恋が成就しなくても、意味がないわけではない。キミが誰かを深く愛したという事実に何の意味もないなどということがあるはずがない。
 価値がないから失恋したなんて、とんでもない間違い。価値があるから心の自己治癒力が働いてくれた。 
 失恋でボロボロになったなら、キミの心は新陳代謝のためにぼろぼろになる必要があったのかもしれない。
 それは潜在意識がキミのためにやってくれていることです。
 失恋は苦しい。それでいいのです。 

第11章 「私には夢がない」と思っているキミへ
 夢についての2つのタイプ。
 ・ある程度明確な夢があって、それに向かって人生を築いていくタイプ・・・まだ実現されていない夢が意識の焦点
 ・人生を築きながら、自分の夢を創っていくタイプ・・・まだ完成されていない自分が意識の焦点
 後者のタイプは「私はなんてダメな人間なんだろう」という思いにさいなまれてしまう。
 後者のタイプは「ダメな自分」を一歩ずつ克服していくことによって、夢を創っていく。だから苦しみには前向きな意味がある。
 キミの夢は与えらえるものでなく、自分でつかみとる夢。人生の後半になってようやく夢の輪郭があらわれてくる大器晩成な人たちなのです。
 キミはダメな自分を乗り越えることでひとつずつ何かを学んでいる。欠点をうめあわせているのでなく、何かを新たに獲得している。そうやって獲得したもののひとつひとつがキミの夢のジグソーパズルのピース。あらかじめ存在しているジグソーパズルでなく、変化していくジグソーパズルです。
 ダメな自分に見切りをつけさえしなければ、いつかは必ずキミの夢が姿を現してくる。体験からいえるし、セラピーを通じてクライアントから教えてもらったことです。
 ダメな自分ととっくみあいながら夢を創造していく人生。キミの人生そのものが夢であり芸出作品です。

第12章 憎しみでボロボロになったとき
 人は感情というものをあまりに単純化して考えがち。
 感情は、たった一つで成り立つことは少なく、いろんなものが複雑に絡み合っているときが多い。
 レジで順番を後回しにされたときの怒りには、無視されるほど存在感のない自分への怒りがありませんか?
 人間は自分の存在を人に気づいてもらえないと不安になり怖くなる。
 恐怖はしばしば怒りとして表現される。自分自身への不安が自分自身への怒りに姿を変える。
 その怒りは無視した店員への妥当な怒りとまじりあい、店員に怒っていると思い込んでしまう。
 だれかに怒りを感じているとき、多くの場合、キミ自身に対しての怒りも混ざっているもの。
 「キレる」感情の背後にも自分への怒りが隠されているからに違いないと著者は思っているという。
 他人を憎むとき、自分を憎む気持ちが隠れている、だから、相手より自分自身をぼろぼろにしてしまう。
 他人は許さなくていいけど、自分自身のことは許してあげよう。


自分が好きになれないと、なにもすきになれない。
自分がちょっとずつでも好きになると、自分のやることもすべて素敵に思えるようになってくる。
人はだれでも変わることができる。でも、そのためにはまず、変われる自分を信じてくれる人が必要。
著者は、キミのことを信じているといっていました。


自分を好きになれないキミへ

自分を好きになれないキミへ

  • 作者: 石井 裕之
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2009/12/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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