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天気の好い日は小説を書こう [小説]

筆者が早稲田大学文学部で、小説の書き方を教えた授業をもとにしたもの。
編集者が授業に出席し、それをまとめた。3冊シリーズの最初の巻き

明るく装っていても、内面は暗い人間はたくさんいる。
暗さは個性なんかじゃない。

教室では「孤独」は禁じ手。

小説はシェルターではない、他者へのメッセージ、想像力を媒介とした魂と魂のコミュニケーション。

書くためには、ある種の気分の昂揚が必要。読み手にコミットする積極性が必要。
鬱陶しい梅雨空でなく、ピクニックに行くような天気の好い日にこそ小説を書こう。

小説はどうかするとお金が儲かることがある。
職業として成立する可能性のある数少ない芸術。

でも純文学は貧乏。
筆者も文学ではないと思うものをお金のために書くといっている。

小説を書くために一番必要なのはモチーフ。書かねばならないという内的衝動。

物語と小説の違いは、リアリティ。
桃太郎のおじいさんには個性がない。どこにでもいるおじいさん。
でも、小説の主人公たちは、朝トイレにいくリアリティがある。
主人公はスーパーマンではなく、悩める人間、読者は自分を重ねる。

物語はあらすじだけだが、小説は表現、文体。

悲しかった、とかかずに悲しみを表現するのが小説。
ストレートに悲しかったは、作文。

英語訳がしみついて日本語がかけなくなっている人がいる。
主語がないとおちつかないとか、翻訳文になっている。

小説を書くのに実は秘訣はない。
切実なテーマを若い感性で書いて欲しいのに、
基礎がないと独りよがりなり、技術を習得するのに
時間がかかってしまう。
それで本を出した。



文学の分類とか定義の話。

純文学の定義
 書き手の世界観や人生の軌跡を小説というスタイルで読者に向かって訴えかけるもの。
 日本独特の概念。


近代小説の要素
 リアリティー
 ナチュラリズム(自然)
 ヒューマニズム(人間性)

スターウォーズは物語で、E.Tはリアルな映画

近代小説6つのタイプ
 〇狭い意味でのリアリズム。虫にならない、ゆびがペニスにならないもの、
  
  私小説(自分の個人的生活から素材をとる)と、社会小説(私小説でないもの)
  
   私小説のなかに、告白小説(私はバカです)と心境小説(私はエライ)がある
   社会小説のなかにプロレタリア文学のように、高いところから貧乏人の生活を書くもの。
   風俗小説と呼ばれることもあるが、等身大の自分が社会の中を生きていく、その有様を社会的な視野を持って書く。
 
 告白小説 「子をつれて」葛西善蔵
 心境小説 「城の崎にて」志賀直哉
 プロレタリア文学 「蟹工船」小林多喜二
 風俗小説 「限りなく透明に近いブルー」村上龍、「太陽の季節」石原慎太郎
 
 〇リアルな問題を背景にかかえながら、一歩現実から抜け出したシュールな作品、実験小説
  私はえらいの視点から書いたもの前衛小説
  読者にサービスしているもの、アヴァンポップ
  
でも。優れた作品はボーダーを超える
私小説の切実さと社会小説の時代性がクロスオーバーしたところに、
すぐれた作品が生まれる。


心境小説について詳しく
 見世物芸→深まらない
 遊芸→深まる
 小説も人生経験がいることがある。志賀直哉は20歳にはわからなくて当然。
 私小説は文学のヘラブナ。始まりであり奥義。
 経験がないことを恥じたり、観念的なものに逃げる必要はない。ありままかけばいい。
 過去の出来事でも現在形で書く、臨場感が大事。ただし視点を動かさない。
 

近代小説の仕組み
 主体が欲望を抱いて外界の壁にぶつかるという設計図。
 でも、先に設計図をつくると作品が図式化されてしまうので注意。
 登場人物が絵に描いたようではいけない、リアリティーが必要。
 見えないものはかかない、神の視点でかくと嘘っぽくなる。

 
日本語で書くために、彼・彼女・それをつかわない
 複文をつくらない。
 複数形はどうしても必要なときにしか使わない。日本語では別の意味になってしまう。
 無生物主語をつかわない
 なくていい言葉は引く、少し、まるで、ちょっと、やっぱりなど。
 月並みな表現を使わない
 オノマトペ排除

物語を支えてきた人間の本質はかわらない。
潜在願望を刺激する物語にあったとき、人は感動する。

物語の構造をとらえたうえで、切実な作品を書くにはプレゼンス=存在感、実在感
そのためには設定した主人公になりきる。
イマジネーションで読者をまきこむ

でも、あんまり書きすぎるとテンポが遅くなる。
なので、30枚の作品が課題なのである部分では存在感を高め、ある部分ではポンと先に飛ばす。
おおまかに4つのシーン。間は飛ばす。途中があらすじでも、シーンを書き込むといける。
存在感を出す例、地名をいれる、電車の線路の側に住む=貧しい。


小説をスラスラ書く秘訣
構想の段階では距離をとる、書き始めたら主人公になりきる、書き終えたら距離をとる。
これを2・3回くりかえす。

筆者でいいなと思った具体的表現例
じねんじょとか両手にミキサーとか。

筆者の作品リストが巻末にあった。


ワセダ大学小説教室 天気の好い日は小説を書こう (集英社文庫)

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  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2000/03/22
  • メディア: Kindle版





[まとめ買い] ワセダ大学小説教室(集英社文庫)

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天気の好い日は小説を書こう―W大学文芸科創作教室

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  • 作者: 三田 誠広
  • 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
  • 発売日: 1994/11
  • メディア: 単行本





書く前に読もう超明解文学史―W大学文芸科創作教室

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  • 作者: 三田 誠広
  • 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
  • 発売日: 1996/09
  • メディア: 単行本



深くておいしい小説の書き方―W大学文芸科創作教室

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  • 作者: 三田 誠広
  • 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
  • 発売日: 1995/11
  • メディア: 単行本



タグ:三田誠広
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ジヴェルニーの食卓 [小説]

印象派の画家たちの周辺の人々が主人公なお話。
画家ではなく、家政婦だったり、画材屋の娘だったり、友人だったり家族だったり。
そういえばみんな女性だった。
大きな才能にひかれていく人たちを通して画家の絵の魅力も味わえます。
読んでから絵をみると、楽しいかも。

印象派は、戸外で製作するとか、あたらしい手法で絵をかく、それまでとりあげられなかった被写体を書くなど、それまでの絵画の常識にとらわれない表現をはじめた人たちで、当時はかなり叩かれたらしい。
しかし、次第に認められ画家たちも晩年は裕福に暮らしていいたらしい。

〇うつくしい墓
南仏のニースに暮らす絵の好きな家政婦。
絵画の収集をしていたマダムにやとわれていたが、マダムがマティスにマグノリアの花を送ったときお使いをしてから、マティスの元で家政婦として働くことになる。
マティスはこのとき80歳を超えていて、車いす生活だったがステンドグラスの製作を続けていた。
マンションは、マティスの美意識がいきとどいていて、主人公はそれを崩さないように掃除するように求められる。
なんか水差しの水の位置まで意味があるそうな。
すっかりマティスの製作というか生活にみせられ、ピカソがマティスを訪問したときにはいたく感動し、夢中になっていた。
やがて、世話になったマダムが危篤状態になり、マダムのところへ帰る。マダムは亡くなるが遺言で収集した絵画の行き先について細かく指定しており、その責任者となて弁護士と働いた。彼女には遺産はまったくなかったが、マダムの親戚を名乗る人たちからは嫌がらせをうけた。
主人公がそうしている間にマティスもなくなり、戻る場所はなくなってしまう。
マダムの仕事がすべて終わると、主人公はマグノリアの花をもってピカソを訪問する。ピカソは親友マティスの訃報にもいっさい反応していなかったのだ。
主人公はピカソはマティスの死をうけいれていないのだ(受け入れられない)でいるのだと悟る。
そして自身はマティスのデザインしたヴァンスの礼拝堂で修道女になった。まだ21歳だったので周りはとめたが、そうとしかおもえなかったのだ。先生のお墓はここだとそう思えたのだ。
物語は、主人公が高齢になったころ、ラ・フィガロの取材をうけて、自身がマティスのアトリエで過ごしたひと夏について語る手法をとっている。
明るく美しいニースの風景とマティスの作風がかさなって楽しい。


〇エトワール
エドガー・ドガのアトリエに残されていた作品が展覧会で披露されることになった。印象派の画家を早くから支援し、経営難をのりきったポール・デュラン=リュエルの画廊である。そこにアメリカ人女流画家メアリー・カサットがよばれてくる。
彼女が見せられたのは14歳のバレリーナの像。あまりに生々しく発表当時は叩かれ、買い手もつかなかった。
カサットはこの像を製作していたころのドガのアトリエに出入りしており、モデルの少女ともあっている。ドガは貧しい踊り子たちの絵を何枚も描いていて彼女もその一人だった。少女たちがオペラ座の舞台にたちエトワールになろうとするのは、金持ちのパトロンをみつけるためだ。家が貧しい彼女だちにはほかの方法がない。
ドガのモデルをしていた少女もそんな一人だったが、モデルをつとめるうちにドガに想いをよせ、なんでもするからアトリエに来させてくれといったが、ドガは「エトワールになれ、変なパトロンになびかなくていいように、像がうれたら代金はやる」と拒絶した。
結局像はうれず、少女もエトワールになることはなかった。
リュエルはそのときの約束があるので、像が売れたら代金を少女に払いたいと考え、事情をしっていそうなカサットをよんだのである。
しかし、カサットも少女のゆくえについてはしらなかった。


〇タンギー爺さん
画家セザンヌにあてたタンギー爺さんの娘さんからの手紙形式でかたられる。セザンヌの方の返事はのっていないので、そこは想像で補うらしい。
タンギー爺さんは画材屋をやっていたが、貧乏な画家たちがお金がないので、絵の具の代金に彼らの絵をもらっていた。これがコレクションみたいになっていたわけだ。
セザンヌもそうした画家のひとりだったが、タンギー爺さんは彼の才能をみとめ絵を大切にしていた(歪んだリンゴとか)
手紙は最初、故郷に帰ったスザンヌに絵の具の代金を送ってくれと催促するものだった。セザンヌの実家は銀行家で裕福だったらしい。結局セザンヌの父親はなくなり遺産を相続し、ツケもすべて小切手で払ってくれたらしい。
その後、セザンヌがなかなかパリに戻れないでいるうちに、タンギー爺さんはなくなり、妻と娘が残された。二人は父親のコレクションの絵画を競売にかけたが、ほとんどお金にならず、店をたたんで狭いアパートに引っ越した。
若い画家たちがタンギー爺さんを頼ってくるが、今は何もしてあげられないと手紙は結んでいる。


〇ジヴェルニーの食卓
クロード・モネが暮らしたジヴェルニーで献身的に彼の製作を支えたのは義理の娘ブランシュだった。
二人があったのはブランシュが11歳のとき。モネは父エルネスト・オシュデの気に入りの画家で一家の夏の別荘に絵をかきにきたのだ。
そのときからブランシュは製作するモネのとりこになった。
やがてエルネストは破産。なぜかモネの家に一家で身をよせた。夫婦と子供6人!
モネには病弱なカミーユという妻がいて、息子もいたが、カミーユは幼い男の子二人を残して死んでしまう。エルネストも妻と子供を残してベルギーにいってしまい。奇妙な共同生活が始まる。
貧しいなかでも母マリアは一家のために手料理をつくり(かなりの腕だったようだ)、モネも必死で製作をしたり、借金を申し込んだり生活を支えた。ブランシュは貧しいながらもモネの製作の手伝いができてしあわせだった。カミーユが亡くなったとき製作できなくなったモネを支えたこともあった。
その後エルネストからは戻ってくるように手紙がきて、マリアと子どもたちは今の生活を続けたいと思ったが、世間からモネが攻撃されるのをはばかって出て行こうとする。しかしモネは止めて、みなで暮らそうという。
結局エルネストが亡くなるまで二人は結婚せずすごした。
ジヴェルニーの家はモネが見つけてきた土地にすこしずつ家や庭を整備したもので、物語のときには子どもたちはみな巣立って、残っているのはブランシュと使用人たちだけになっていた。ブランシュはモネの勧めでモネの長男ジャンと結婚するが、マリアもジャンもなくなりモネのところに戻っていた。
物語は晩年のモネがフランス政府とかわした睡蓮の絵の製作中に視力を失い、なんどもくじけそうになるのをブランシュと、モネの親友でフランスの元首相クレマンソーが励まし、支えるという場面と、ブランシュの思い出話が交錯して語られる。
クレマンソーはたびたびモネの家を訪れ昼食をともにした。ブランシュは母の残してくれたレシピをつかって彼をもてなし、クレマンソーもジヴェルニーの食卓が大のお気に入りだったのだ。
光あふれる家、食卓。あたたかい手料理。そんなものが目の前にうかぶお話でした。


ジヴェルニーの食卓

ジヴェルニーの食卓

  • 作者: 原田 マハ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2013/03/26
  • メディア: 単行本



タグ:原田 マハ
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サラバ! [小説]

このブログは要約なので、かなりネタバレです。
読もうかなって思っている人は、この先はよまないことをおすすめします。














37歳の主人公、今橋歩(あゆむ 男性)が語る自分の半生という形式。
両親の離婚。エキセントリックな姉。イラン生まれでエジプトで小学生時代を過ごしたという華々しい?生い立ちを持つ。主人公の目線で語られる家族史でもある。

歩は美人で自己中心的な母親と、ハンサムで(多分仕事ができるというかなんでもできる優秀な人)静かな父親との間に長男として生まれた。

姉がいるが、美人な母ではなく、父に似ていて、自己顕示欲が異常に強い。小さいころから反抗的で、常に自分をみてくれないと気がすまないタイプと歩はみていた。
小さいうちは泣きわめいて暴れて注目を集めようとするので、歩は自然と嵐が過ぎ去るのをまつ受動的ないい子になった。
小学校の高学年くらいになると、部屋に引きこもって母親の食事を拒否。ヨーグルトやプリンしか食べないのでがりがりに痩せていて、クラスメイトから「ご神木」と呼ばれ傷ついていた。

姉がどうであろうと、母もまた女であることをやめない人で、自分磨きや凝った料理、家を飾ることなどに夢中で、二人の相性は最悪。
後に両親は離婚するが、歩は父を「逃げた」と表現している。

父は海外駐在員で、歩はイランで生まれた。1歳半でイラン革命がおきて帰国。その後小1まで日本で過ごし、再び海外駐在になった父親について一家でエジプトに住むことになる。
エジプト滞在中に、両親は離婚。
日本に帰り母親の姓になって、小6から公立の小学校に編入した。

歩はつねに周りに溶け込もうとするタイプで、姉が目立つだけにその影響をうけないよう、友達関係や習い事に気をつかい、目立たないようにするのが上手になった。
本人はかなりの美少年で海外育ちという経歴だが、それをひけらかしたりしているととられないように一生けん命である。

姉は注目を浴びたがるので日本に帰ったときも「やらかして」登校拒否になり、その後高校へもいかなかった。歩は帰国子女の多い私立にいれれば少しはよかったかもと回想していたが、母親は自分のことしか考えていなかった。

離婚しても、歩たちの生活は父からの仕送りでまかなわれており、母親は働く必要がなかった。そこで彼女がしたのは恋人をつくることだった。

歩が素晴らしい人として、好きになったのはエジプト時代の友人ヤコブ(コプト教徒であった)と、高校のときの同級生須玖(すぐ)のこと。彼らは決して恵まれた環境にいなかったが、自分をもち自分らしく生きていた。ちなみに両方とも男の子。
歩は、容姿がよく、それなりにもてたし女の子ともつきあったが、実際彼女たちより男友達の方が大事だった。

一方で、母の実家がある町内に矢田のおばちゃんという人がいて、歩たちの祖母と親しかった。イランから帰ったとき、一時矢田のおばちゃんのマンション(かなりのボロアパート)にいたこともあり、姉も歩も矢田のおばちゃんになついていた。矢田のおばちゃんは背中に入れ墨のある人で、なぜか近所の人たちからいろんな相談事をうけるような人格者とみられていた。
歩たちがエジプトにいっている間に、この矢田のおばちゃんの家にサトラコヲモンサマという祭壇ができていて、多くの人がお参りに来ていろんなものを置いていくようになった。おばちゃんは放っておいただけだが、お参りをする人は多くなり、古くからのおばちゃんの知り合いがそれを使ってお祈りをする場所をたてた。信者?は増え続け、お参りをする建物はどんどん大きくなった。矢田のおばちゃんは祭壇のなくなった矢田マンションで相変わらずの暮らしをしており、お祈りに来た人たちが置いたものはすべてサトラコヲモンサマの建物などになっているらしかった。
歩の姉もこのサトラコヲモンサマにお祈りするようになり、矢田のおばちゃんの直接の知り合いであることから尊敬すらうけるようになっていた。なぜかサトラコヲモンサマでは矢田のおばちゃんに直接声をかけたりしてはいけないことになっているが、姉は昔からの知り合いとして付き合っていたからだ。

歩の母親は三姉妹だったが、長女は羽振りのよい自営業者と結婚。息子ふたりと娘がいる。次女は結婚せず母親と暮らしており、夏枝という。本や音楽といった芸術的なものを愛し、自分からなにか意見をいったりしたりする人ではないが、辛抱強く誠実な人である。歩や姉にも、自分の気分でなく、そういう意味でよりそってくれていて、二人とも夏枝おばさんになついている。
歩の母は末っ子である。
祖母は小町といわれた美人で、祖父と結婚したのは「顔で選んで失敗した」といっていた。貧乏はしたが3人の娘を小さな店をしながら育て(なぜか夏枝だけが手伝った)、今は娘たちの結婚相手の仕送りで暮らしている。
この夏枝おばと、須玖は、芸術を愛するという一点でとても気があっていた。

歩の親友須玖は阪神大震災で傷つき、不登校になってしまう。
また、オウム真理教の事件でサトラコヲモンサマは不審な団体とみられて閉鎖。
姉はこころのよりどころを失って部屋からでてこなくなった。
矢田のおばちゃんの説得で姉は再び海外駐在員になった父とともにドバイに旅立つ。このとき引きこもっていたときの髪があまりにひどいので坊主にしたのだが、彼女はしばらく坊主頭のままだった。
歩は逃げるように受験勉強をして東京にでた。

一人暮らしをするようになり、歩は女の子と遊びまわった、1年ほどでおちついて、大学の映画研究会に入る。そこにはオタクな男の子たちばかりで、居心地がよかった。しかし、のちに後輩の鴻上という女性がはいってきて、部内の複数の男性と関係をもち、居心地のよかった部は失われてしまう。
鴻上と歩はなぜか気があって飲み友達になる。
のちに気が付くのだが、歩は鴻上に好意をもっていたのだ。
しかし、ビッチと呼ばれた鴻上を好きになる自分を許せず、気持ちに気が付かないふりをした。歩が選んだ恋人はいつも美人で年上の仕事のできるタイプだった。でも最後はいつも別れていた。

不況だったせいもあり、歩は就職しなかった。バイト先のポップを書くことからはじめて、ライターになった。20代はくる仕事をこなしている間に売れっ子ライターとして過ぎていった。
姉は父とともに日本に帰り、アーティスト・ウズマキとして活動していた。しかし、歩の恋人がウズマキの写真をとって公開したところ、容姿について中傷され、そのなかに「ご神木」という言葉をみて姉は傷ついて活動をやめた。
歩の父は日本に帰ってしばらくしてから会社を退職し、山奥の寺に出家した。退職金はすべて歩たちにわけられた。父は離婚してからほとんど食べず修行のような暮らしをしていたのだ。

そのころ姉の取材をしたくない歩は「母が病気だ」といって帰省していた。
すると、祖母がなくなり、続いて矢田のおばちゃんが亡くなった。母は祖母が亡くなってすぐ再婚した。そしてまた離婚した。
矢田のおばちゃんは姉に遺骨を散骨するようにと遺言しており、姉はおばちゃんの骨と遺品をもって旅立つ。

歩は30歳を超え、仕事はいきづまっていた。専門分野ももたず、情熱もないため、若いほかのライターに仕事はいっていた。さらに自信をもっていた容姿も、髪が抜けるという事態におちいり、歩は帽子を手放さなり、外にもいかなくなる。
そのころ取材で須玖と再会する。須玖はニューヨークの同時多発テロのあと、死のうとして富士山をめざし、最後に食べたティラミスで思いとどまり、今は「てぃらみす」という名前で芸人をしていた。二人はまた話をするようになり、そこに偶然であった鴻上が加わり、歩は二人とつきあうことで、自分が輝いている時代に浸って慰められた。

そんななか、姉が夫ともに帰国した。
チベットであったというユダヤ教徒の夫はポーランドの血がはいったアメリカ人だった。姉はサンフランシスコで夫暮らし、ヨガを教え、安定していた。矢田のおばちゃんの遺言「信じるものをみつける」ができていたのだ。37歳の姉は少し肉がついて(ベジタリアンなのでそれほどでもないが)、落ち着いていてそれはアジアンビューティーといえるほどだった。母とも屈託なく話、二人はいっしょにヨガをやったりするのだ。
そして歩に、歩がいつもほかの人に注目して生きていることを指摘し、「信じるものを、誰かに決めさせてはいけない」という。歩は逃げた。

しかし、東京に戻ると鴻上と須玖はは結婚し、歩はますます追い詰められる。
このときはじめて自分が鴻上を好きだったが、鴻上がビッチと呼ばれているから自分の彼女としてふさわしくないと決めつけて心を偽っていたことを思い知る。そして鴻上の過去を冗談めかして須玖に告げたりして自己嫌悪してしまう。
歩は一人で仕事もせず、父と矢田のおばちゃんの遺産を食いつぶしながら図書館で小説を読み始める。

姉の手紙を読んで歩は父に会いにいくことにする。
そこで語られたのは、父にはもともと婚約者がいて、母はその後輩だったこと。でも父と母は恋におち、婚約者にあやまり会社をやめて一緒になったこと。エジプトに来た手紙の主は婚約者で、父とわかれてから一人で同じ会社に勤めがんで亡くなる寸前だったこと
。父が罪の意識から幸せになることを放棄したこと、犠牲にした先輩の分も自分が幸せになろうとしていたこと、二人がすれちがってしまったことを知った。もともとから歩の家族は不安定で、それを感じていたのは姉だったのだ。
父は、今では死んだ婚約者を不幸だと思うことが不遜だったと思うようになり、解放されていた。幸せになることから遠ざかろうとして幸せになり、母は幸せになろうとしてかえって幸せから遠ざかっているようだった。

歩があいかわらず図書館通いの日々を送っていると姉から連絡がきた。アラブの春だった。
エジプトでコプト教徒の教会がもやされたときいた歩は、おもわずエジプトに飛んでいた。
奇跡的にヤコブのおじさんと再会し(歩たちのフラットも近所のホテルもそのままあった)ヤコブと再会する。ヤコブは3人の子どもの父親になり旅行代理店の支店長をしていた。英語が使えるようになっていた。ヤコブと彼の両親は歩を歓迎してくれる。
しかし、歩はあのときの一体感から遠ざかった自分たちも感じていた。

ナイル河の近くまで二人はいって、別れた日と同じように座った。そして、そのころ使っていた言葉「サラバ」をヤコブが口にすると、二人は涙を流す。
歩は信じるものをみつけた。
そして小説を書くと姉に宣言する。
書くのは家族のことだ、姉や母、父に話をきき、それをもとに話を再構成して3年かけて完成した。それがこの小説ということになるらしい。

物語の終わりは、歩がイランに行ったところで終わる。プリントアウトした物語をイランで読むためだ。
歩は物語には創作があって、実は自分は女かもといっている。実際作者は女性でイラン生まれだそうだ。
そして、この物語から「あなたの信じるもの」をみつけてほしいと結ぶ。
タイトルは「サラバ」


サラバ! 上

サラバ! 上

  • 作者: 西 加奈子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/10/29
  • メディア: 単行本



サラバ! 下

サラバ! 下

  • 作者: 西 加奈子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/10/29
  • メディア: 単行本



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